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ブラジル音楽が大好き!③ Os Mutantes/Os Mutantes

1968年に発売されたブラジルのサイケロックバンド「ムタンチス」のデビューアルバム。
ムタンチスとは60年代当時、軍事政権下にあったブラジルに対してカエターノヴェローゾとジルベルトジルが中心になって起こしていた音楽的なムーヴメント「トロピカリア」に参加していたバンド。

トロピカリアというのはブラジルの伝統的な音楽に英米のロックの影響を混ぜ合わせた音楽性で、ムタンチスはビートルズを中心に当時流行の外国のロックに影響を受けた音楽性だったため正にトロピカリアの代表格とも言えるバンドである。

67,8年ごろのビートルズといえばサイケ真っ只中の時期なので、今作もサージェントペパーの影響をかなり感じるサイケな作風。影響元譲りのメロディアスな歌と綺麗なコーラス、大胆なアレンジは並大抵のサイケバンドよりパワーがある。

曲ごとの感想

M1 Panis Et Circenses

カエターノとジルベルトが共作で提供した曲で、今作の発売後に続けて出されたオムニバスのアルバム「Tropicalia Ou Panis Et Circenses」にも収録され、タイトルの一部にも抜粋された。

猛々しいオーケストラから始まるこの曲は、スローテンポながら何かが始まるかのような緊張感も感じられる。男女混成のコーラスだからこその綺麗なハモリが特徴的で、後半ではテンポが速くなったりサウンドコラージュが使われたりサイケらしいアレンジが詰め込まれている。

暗喩を思わせる難解な歌詞だが、外の事件や問題に無関心な国民を揶揄しているともとれる痛烈な内容は正にトロピカリアらしい曲だ。

M2 A Minha Menina

続いてこちらはジョルジベンが提供した曲で、純粋なラブソング。
ガットギターを中心にしたブラジル色が強い演奏だが、美しいコーラスワークにはビートルズからの影響も感じさせる。その中で入る強く歪んだファズギターには仄かにサイケのエッセンスも感じられるが、ムタンチスのポップな側面が出た名曲。

M3 O Relogio

こちらはムタンチスの三人が作曲したナンバー。
静かなバラード曲…かと思いきや突如ドラムロールが入って騒がしい演奏になるかなりサイケなアレンジが特徴的。

M4 Adeus Maria Fulo

クイーカなどのパーカッションが多用されたエスニックな演奏の曲。
自由にフェイクを入れるメンバーがとても楽し気。

M5 Baby

カエターノ作曲の3拍子の名バラード。後にアルバム「トロピカリア」ではガルコスタと作曲したカエターノ本人がデュエットで歌った。
カエターノもビートルズに強く影響を受けた音楽性というのもあり、メロディは確かにビートルズらしさを感じられる。ムタンチス版はバンドサウンドということもあり、時折入るファズギターが強烈。

M6 Senhor F

ピアノのイントロから始まる軽快な曲で、ここでもビートルズ譲りの綺麗なハーモニーを聴くことができる。時々挿入されるエフェクトがかかったボーカルからはビートルズのイエローサブマリンを連想させる。

アウトロで混沌とした演奏になってフェードアウトし、また戻ってくるというアレンジはストロベリーフィールズフォーエヴァーから着想を得たんだろうか。とにかくビートルズの影響を随所で強く感じる曲だ。

M7 Bat Macumba

こちらもジルベルトとカエターノの共作での提供曲で、1曲目と違ってジルベルト色が強いリズミカルなナンバーでアルバム「トロピカリア」ではジルベルトがボーカルをとっている。

パーカッションが前面に出たノリのいい曲で、歌詞も非常にシンプル。この曲の聴きどころはやはりセルジオディアスによるリードギターの演奏で、エフェクトを極端に効かせた異様なサウンドはサイケそのもの。ベースもすごくノリのいいフレーズを弾いていて、グルーヴィーな演奏を楽しめる。

M8 Le Premier Bonheur Du Jour

フレンチポップの歌手、フランソワーズ・アルディの曲のカバー。
コーラスワークなどからアンニュイな印象を受けるが、急にテンポが速くなったり、ピアノの不協和音が入ったりと、前衛的なアレンジも盛り込まれている。

M9 Trem Fantasma

カエターノとメンバーによる共作曲。
イントロの調子はずれなリコーダーに思わず笑ってしまう。
最初静かな曲かと思うとどんどん演奏が盛り上がっていったりするなど、アルバム後半らしいスケールの大きい曲。

「幽霊列車」というタイトルからも感じられるがファンタジー色が強いナンセンスな歌詞が特徴的。途中のなだれ込むようなオーケストラアレンジもとても迫力がある。

M10 Tempo No Tempo (Once Was A Time I Thought)

ママズ&パパスの曲のカバーで、指パッチンのリズムとボーカルメインの変わったアレンジになっている。複雑なコーラスワークがとても気持ちいい。

M11 Ave Gengis Khan

ラストはインスト曲。一応タイトルの「Ave Gengis Khan」というコーラスはあるが、楽器演奏がメインとなっている。

ブルース進行のようなコード進行に合わせてオルガンやギターのソロが挟まれる。この曲でのセルジオのギターは非常にかっこいい。観客の歓声や逆再生した人の話し声のコラージュされたりとサイケなアレンジも相まって混沌としたままアルバムは終了する。

まとめ

本作の編曲に携わっているのがホジェリオ・ドゥプラという人物で、本作の特徴でもある煌びやかなオーケストラアレンジは彼の手によるものであり、アルバムのサイケ感の強さに大きく貢献している。本作が「サージェントペパーに対するブラジルからの返答」と評されるのもこのアレンジによる印象も大きいのではないのだろうか。

ホジェリオによるアレンジ以外にも、英米のサイケロックをブラジル音楽と上手く融合させたアレンジも初めて聴いたときはとても衝撃的だった。
この二つの個性の強いサウンドの要素があるにも関わらず、前衛的になりすぎずポピュラー音楽としてもとても聴きやすい体裁を保っているバランス感覚も今作の凄さである。

曲については、本人たちがまだデビューしたばかりということもあってか自作曲は4曲と半分にも満たない数で、大半はトロピカリア陣営からの提供やカバーとなっている。印象に残った曲もM1、2、5、7など提供された曲が強く、ムタンチス本人たちによる自作曲はそれらに比べるとまだ今一つ強さに欠けるとは感じてしまった。
しかし、それでメンバーの色が薄いかと言われるとそうでもなく、全編にわたって聴けるビートルズ由来の巧みなコーラスワークはもちろん、極端にまでエフェクトをかけた強烈なギターサウンドは紛れもなく彼らの色であり、演奏力の高さや個性の強さを十分に感じられる。「A Minha Menina」や「Baby」などの作曲者の色が強い歌ものを堂々と歌いこなせているのも三人の表現力の高さゆえである。

聴きやすさもありつつ強烈なサイケ要素を残す今作は、ブラジル音楽という枠を超えてサイケロックというジャンルの中でも上位にいくレベルの完成度を誇る名作だと思うので、是非サイケが好きな人は騙されたと思って今作を聴いてもらいたい。

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