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膜質について

戸川 百葉子作

オオバコはぐカタカナ あのひとの文体を生きたいと思った

私淑 でも知りたくなってしまうから木管楽器の指にんで

わたしには膜が見える。
膜はきまって話す人に付随する。膜は前方に見えるときと、後方に見えるときがある。そのとき話した人は前者で、だから、あの人は後者だった。膜はレースカーテンのようで、人によっては花柄なんかもついている。と聞くと膜じゃなくて幕だよと言いたくもなるだろうが、膜なのだ。出来合いの布じゃあございません、という存在感があるし、おしなべて肉色をしている。
思うに、前方を膜で覆う話者は警戒心が強かったり、他者への洞察に優れていたりする。壁を作るなんて比喩があるが、みんな知らないだけで実際はもっとやらかく、ふてこい。では後方に膜をそよがせる話者は。
ミステリアスの語源はギリシャ語で、だからわたしはその質感がギリシャヨーグルトに似ていると確信する。密度が高く白いものは、すべて謎の代替品といっていい。紫のヴェールや夜の闇といったちゃちな謎は断罪されるべきだ。あの人の謎に訳が分からなくなって、わたしは白に心を浸す。
話者の前方にある膜をつつけば、張ったサランラップのようにペヨンと人差し指を押し返す。ペヨンのあと、ほんのわずかぴとりと濡れる。後ろから回り込むのは難儀だが、べつに良かった。触ってみたかった。でもあのひとは、自分に背後などないとでも言いたげに、わたしを正面から拒んでいた。

それはとても静かな終わりどの本もゼリー(みどりの)市立図書館

燦然とする/されるときどちらにもなれないでいたから秋が好き

外泊の現在はもう過去っぽいグランドピアノの隣人になる

 知らないことがあまりに多いのにどうして。
 知らないことがあまりに多いのはどうして。

Regression/キャスター可動式の椅子/続いたはずのない単語帳

相槌でいっぱいにしたギヤマンを取り落とすのが破局でしょうか

ポケットを叩けばビスケットがふたつ人を叩けば謝罪のひとつ

 拒絶なら風だと思う突拍子
 言い訳に使える愛を貯めておく
 替えどきがわからないままの憐憫
感情が半透明で助かった
 身体の弾力を捨てたい真昼
に憂、に鬱がある 洗濯物をひっくり返す

分かれないですと言いたい尊さを盾に言葉をたんと覚えて

 知ろうとすることが暴力なら、
知りたいと思わせた感情が暴力で、
感情が暴力なら、
暴力でないわたしはどれだろうと思った。
 思ったのち、すべての膜は、人間の暴力性以外の部分だと思い至る。
わたしには見える代わりに、自分のぶんが無いのだろう。

思い出すことの快感にいつも在るライブハウスのジンジャーエール

を聴ける あなたが笑うとき笑った顔をすこし恥じるとき

名画座がどんどん閉まるのがかなしい子供みたいな爪がうれしい

マロニーは春雨じゃない 夢の中みたいな自慰を夢に見ていた

傷つけることをわたしは受け入れて見送っているやさしい器官



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