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ToolのLateralusを聴け

はじめに

 前回、Brian Enoの"Ambient 1: Music for Airports"を集中したいときに聴くアンビエントとして記事にした。

 それなりに聴いていたアルバムではあるけど、改めて記事一本分書ける程の文章を生み出せるかと考えたら違う。なので、結果的に最近聴いているアンビエントとはそもそもなんなのか、また他にも聴いているBrian Eno作品に言及する記事となった。では、実際に記事一本分書ける程聴いているアルバムとは何か?そう考えた時に思い浮かんだのがToolが2001年に出したLateralus(ラテラルス)である。

 Toolファン、あるいはメタルファンまで拡大したとしても、この作品が金字塔であることは疑うものはいないだろう。セールス面で見るとアメリカのBillboard Top 200のチャートで首位を獲得し、専門家からの評価は高く、メタル専門誌Kerrang!は5/5の評価を与えた。

尖り過ぎたPitchfork

 一方で、専門家からの評価という点でPitchforkが歴史的な低評価をつけたことも触れておきたい。なんと10点満点で1.9をつけたのだ。

レビューが掲載された当時、Pitchforkも数ある音楽レビューサイトの一つに過ぎず、筆者が目立つためにあえてこのような低評価をつけたのではないかと言われている。

ただ、現在のPitchforkの権威の高さから考えると、この記事が与える負の影響も計り知れないものとなってしまっている。その後、PitchforkはLateralusの次作"10000 Days"には5.9、最新作の"Fear Inoculum"には5.4を付けている。

"10000 Days"に5.9をつけるのであれば、"Lateralus"は少なくともそれより高くなるはずである(個人的には9とか付けてほしいところだけど)。ただ、レビューをし直すある種歴史の再修正などはして欲しくないのもあり、結果的に延々とネタにされる記事を出したPitchforkの戦略勝ちといえる

Lateralusに至るまでのTool

 Toolは1990年にロサンゼルスで結成された。その後EPの"Opiate"を経て1993年に1stアルバムの"Undertow"をリリースした。

 "Opiate"はまだ序の口で、一作目"Undertow"で初めて現在のToolに直接つながる音楽性が完成したといってよい。暗い独特な世界観、変拍子を多用しつつキャッチーな曲、そして最後の曲にみられるような実験性。多くがプログレと共通の要素を持ちつつ、メタルの文脈で再構成された音楽性は高い評価を受けた。また、ギタリストのAdam Jonesが手掛けたPVも既にかなり独特の世界観を押し出すことに成功している。

彼はもともとハリウッドで特殊効果を仕事にしており、その技能が遺憾なく発揮されている。バンドのビジュアル面のディレクションにおいて、多くのアルバムのアートワークを手掛けるAlex Greyとともに欠かせない人物である。

 その次にリリースされた2ndアルバムの"Ænima"は1stの音楽性を継承しつつ、かなりおふざけが入ったアルバムである。タイトルがAnima(ラテン語で魂)とEnema(英語で浣腸)であることからも、真面目に不真面目な作品であることがわかる。

 一曲目の"Stinkfist"は滅茶苦茶かっこいい曲だけど(メタファーとしての)フィストファックを歌っていたり(ライブだと大抵「フィストファックの歌です」と言って曲が始まるし、ラジオでは曲名を伏せられることが多いらしい)、"Die Eier von Satan"はおどろおどろしい演説のようでドイツ語でお菓子の作り方を読み上げてるだけだったり

その他にもファン(?)からの脅迫電話の留守録をサンプリングした"Message to Harry Manback"や、"Hooker with a Penis"は題名もさることながら歌詞も面白い(要約すると「文句言う前に俺らのアルバムを買え!」)。

 一方で、"Forty Six & 2"や"Third Eye"などユングなどの心理学や宗教的なモチーフを取り入れた難解なテーマの曲もあり、これらはライブでも頻繁に演奏される人気曲である。"Ænima"はバンドの持つユーモアと難解さがいい塩梅に同居しており、「これより後のアルバムは真面目過ぎる」という意見からこのアルバムが一番好きだというファンも多い。

 その後に出たライブ盤の"Salival"は残念ながらストリーミングが解禁されておらず、どうやら地道に安いものを探すしかないのが現状であるらしい。このアルバムで必聴なのがLed Zeppelinのカバー曲である"No Quarter"である。完全にToolの世界観にリメイクされつつ原曲に対するリスペクトが溢れたかなり良質なカバー曲となっている。

頂点としてのLateralus

 そんなこんなで真面目に不真面目なかっこいい曲を作り続けてきたToolだが、3rdアルバムである"Lateralus"はとことん本腰を入れて難解なアルバムを制作した。

 現ベーシストのJustin Chancellarがプロダクションの初めから参加したアルバムというのも前作との違いとして挙げられる。2ndアルバムのデモ制作中にベーシストのPaul D'Amourが脱退し、代わりに現在のベーシストの Justin Chancellarが参加した(なので2ndの一部の曲はPaul D'Amourが演奏したデモ音源があったり、"H."のクレジットにも残っている)。曲に合わせて空間を巧みに演出するPaul D'Amourから存在感のある(ギターよりベースが目立つ曲も多い)演奏をするJustin Chancellarに変わったことで、よりベースを前面に押し出した曲が増えた。本作に収録された"Schism"などはTool好きなベーシストなら一度は練習する曲の一つ。

 また、CDの収録時間の限界に挑むかの如く長尺曲が多く収録されている。例えば、PVが制作された"Parabola"("Parabol"含む)は9分7秒である。

長尺曲ではあるものの、一度"Parabol"から"Parabola"への変換点(4分あたり)を聴いたら興奮が止まらなくなりそのまま全部聴けてしまう。この序盤を抑え気味で展開した後に一気に疾走する展開は、Pixiesなどのオルタナ系における「静寂からの轟音」(通称"quiet/loud dynamics")や、同じプログレの文脈でいうならKing Crimsonの"Starless"終盤におけるカタルシス開放の仕方に通じるリスナーを興奮させる際の常套手段である。

King Crimsonの場合は途中まで抒情的に進みながら上記の動画だと8分半あたりから一気に疾走感のある展開をする。実際、ライブで"Starless"を聴いたときはかなり焦らされた後の疾走展開でテンションが最高潮に達した。
 つまり、"Parabola"などは長尺曲ではあるけれど、同時にリスナーを飽きさせない構成をきちんと考えて採用しているということだ。個人的に、King Crimsonの"21st Century Schizoid Man"やDIR EN GREYの"VINUSHKA"など、長尺であってもリスナーを飽きさせない曲を作れるアーティストは大好きだ。

 また、表題曲の"Lateralus"も通常のポップスを聴いている人からしたら耐えられない長さ(9分24秒)である。

 この曲の場合は、イントロからじわじわドラムで焦らしてから一気に疾走展開へともっていく。最初はラヴェルの"ボレロ"やホルストの"火星"のようなドラムが続き、その後カチリと切り替わってヘヴィな展開へ持っていく盛り上げ方だ。また、一聴すると複雑な展開をしているようで、実はソナタ形式を思わせる提示部、展開部、再現部、結尾部で成り立っていると思う。そして楽器面に目を向けると、ドラマーのDanny Careyが前面に出てきていて、打楽器好きとしてはかなり好印象(7分20秒当たりの展開でブンブン鳴ってる主張の強いベースも良い)。
 加えて、この曲がフィボナッチ数列を題材にしていることも有名だ。詳しくは下記の動画を見てほしいが、歌詞の音節(Syllable)数から収録時間、拍子に至るまで至る所でフィボナッチ数列が使われている作り込みようだ。

"Lateralus"は"Lateral (thinking)"からきているが、物事に新しい側面からの視点を与えるというのは曲名、そしてアルバム名としてこれほどふさわしいものはないだろう。

 その他にも1曲目の "The Grudge"には凄い長いシャウトが入っていて一気にアルバムに惹き込まれることや、"Disposition"、"Reflection"そして"Triad"が外部のミュージシャンとのコラボレーションで制作されたことなど触れていないことが多々あるが、それ以外にもこのアルバムが名盤であることを示す要素は枚挙に暇がない。"Lateralus"は最もToolらしさが凝縮されたキャリアの中でも頂点に位置するアルバムである。

オススメするか?

 ここまでアルバムの代表曲を取り上げて"Lateralus"を紹介してきた。これで興味を持っていただけたならすぐにストリーミングなどで聴くのもありだろう。ただ、1時間19分もあるアルバムで、しかも前回紹介したアンビエントのようにさらっとかけておけば良い音楽ではない。それなりに集中を要求され、途切れ途切れで聴くことを容易に許してくれない類である。人によっては聴きとおすのもやっとの人もいるはず(特に後半)。

 なので、せっかくToolに興味をもっていただけたのなら、まずPVがある曲を聴いてみることをお勧めする。本稿ではその多くを取り上げたが、それ以外にも公式のYouTubeチャンネルに上がっている。

 また、最初に"Lateralus"ではなく1stの"Undertow"や2ndの"Ænima"を聴くというのも全然アリだ。筆者は最初は"Undertow"のなぜか最後の15分ある"Disgustipated"をカットした状態で聴いていて(これだと53分ぐらい)、それでToolに慣れたところで"Ænima"に手を出した。"Lateralus"に辿り着くころにはすっかり調教が済んでいて、何回か聴き込む必要はあったけれどすんなり自分の中に入ってくるまでに時間はかからなかった。

Lateralus以降のアルバム

 次作の"10000 Days"は"Lateralus"よりも少し短く、インストの尺が抑えられていて、何より"The Pot"や"Rosetta Stoned"などの名曲も多く収録されている。なので"Lateralus"が重過ぎるときにこちらを聴くのもアリ。

 一方で、当分の間は最新作であろう2019年に出た"Fear Innoculum"は初めてToolを聴くアルバムとしてはあまりオススメしない。

どちらかというと展開が少ない静かな曲が多く、紛れもないToolの新作ではあることを感じるが物足りなさを感じてしまう(個人的には"7empest"にRobert Fripp風味のギターが入っててお気に入り)。シャウトが初めて入らなかったアルバムであり、Toolの激しい曲があまり好みでないなら手を出してもいいかもしれない。

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