【13】不安が募る2週間

タリー到着2日目、前夜は疲れすぎて何も把握できてなかったのと1日大移動で何も食べてなかったので、スーパーへ直行。タリーにはIGAというオーストラリアでは少しお高めのスーパー1件しか存在していません。あとはお情け程度のアジアンマーケットもあります。それに比べてファームジョブの方はお酒をよく飲むのでボトルショップは3件もあります笑

次にしたことは、オンラインアプライ。事前の調べでタリーで一番大きいマッカイファームというところに入ることができれば安泰という説があったので、オンラインでアプライをしました。マッカイで働くにはファームで働く上で知っておくべき安全対策のような知識テストを受けるともらえるイエローカードと呼ばれる資格が必要で、私は予め取りました。オンラインの申請時に「イエローカードあります」ってかけるほうがいいと思ったのです。

ファームで既に働いている人たちに、仕事待ちのリストには何十人もまだ残っているから毎日オンラインでアプライして名前が常にある状態にしておいたほうがいいと言われたので、毎日早朝にオンラインアプライを行いました。私はセカンドビザというよりも貯金がしたかったので6ヶ月はいる予定をしていました。それも備考欄にかき主張しました。

次にネームカードの作成。こちらでは、レジュメではなくネームカードというものが存在しており、名前と電話番号を紙の切れ端に書くだけでいいのです。それを既にファームで働いている人に渡すとマネージャーに直接届けてくれます。
ファームに行くバスが早朝タウンにやってくるので、バスの運転手に渡すジャンピングと呼ばれる仕事の取り方もあります。(*これはコロナ前のお話です、今はかなり状況が変わっているのでそれはまた後ほどお話しします)
ジャンピングしても待機している人がたくさんいるので、なかなかチャンスはないです。でもやらないよりはやるほうがマシという感じでした。ちなみにゴールドコーストでレジュメも配れない私は一回もジャンピングはしていません。笑

ハウスオーナーがマッカイの中で一番大きいファーム(マッカイには4つファームがあります)で働いているので、ネームカードを渡し、バラックスに住んでる女の子にも何枚か渡してあらゆるファームに配ってもらいました。

Kくんの家にお邪魔した時にエストニア人(この時初めてエストニアという国名を知りました笑)の子に出会い、その子に「来たばっかりで仕事探してるの」と話すと翌日に「仕事あげるってマネージャーが言ってるからネームカードちょうだい」と言われてネームカードを渡しました。ただその子は毎日大麻を吸っているような子だったので4回くらいネームカードを失くされました笑

ちなみにハウスオーナーはフィリピン人の奥さんとイギリス人で既に定年退職をしている旦那さんでした。旦那さんは、私が仕事がない間、隣町のビーチに連れて行ってくれたり、ウールワースという安いスーパーに連れて行ってくれました。(車も免許もないので本当にありがたかった)

ミッションビーチから少し行ったところにあるビンガルベイビーチ。
人があまりこないのですごく静かでした。海はワニがいるので遊泳禁止です。

どの家も広い裏庭があって、晴れの日はこの辺を歩き回っていました。でもタリーは湿度も高くて日本の真夏の気候が一年中続くところなのですぐ冷房のある部屋に戻って涼んでました笑

本当に何もない町なので、1日がすごーーーーーく長く感じました。幸い同じく仕事待機してる子がいたので、2人で図書館に行ったりして暇つぶしをしていました。

当時は仕事待機の期間は2週間で早いほう、最長で4ヶ月も待っている子もいました。タリーに到着して2週間経つかなという時、旦那さんが落ち込んでいる私を見てビーチにまた連れ出してくれました。その時私の電話が鳴ったのです!

「インダクションがあるから午後1時にオフィスに来てね」と言われ、多分当時の人生の中で一番嬉しかった瞬間でした!旦那さんもすごく喜んでくれて、早くタリーに戻ろう!とビーチからすぐ引き返しました。

私はてっきりその時奥さんが働いているでっかいファームのバナナで働くんだなって思い込んでおり、インダクションに行った時、私の前にはパパイヤの説明書が置かれていて一瞬思考が停止しました。
インダクションには他にも10人ほど来ており、隣の人の紙を盗み見ると明らかに私のものと違い「???」となっておりました。

そう、私はバナナのファームに来てパパイヤの部門で働くことになったのです!笑

インダクションでは給与振込先・タックスファイルナンバー・イエローカードナンバーなどの情報を書き、指紋認証(タイムカードに使用される)・仕事で使用する長靴のサイズ測定・軽い仕事の説明がありました。仕事のビデオを見ましたが全てバナナに関してだったので全く参考になりませんでした。

後々知ることになったのですが、この仕事はエストニア人の子から頂いた仕事でした!4回も個人情報失くされたけど、感謝しています笑

余談で、当時一緒に待機していた子も一緒にエストニア人にネームカードを渡してもらっていたのですが、その子は先に違うファームでバナナのハンピング(バナナファームで最も体力のいるキッツイ仕事)が決まっており、私より数日早く仕事を始めていたのですがハンピング中にキツすぎてバナナの木に吐いてしまい、1週間ほどでクビになってしまったそうです。私がオフィスから電話をもらったときに彼の名前も言っていたのですが「彼は既に仕事ゲットしてます」と言ってしまったので私だけの採用になってしまいました。その後彼は他の仕事が見つからず、ハンピングのトラウマもあってセカンドビザに必要な日数も今から働いても間に合わないということでシドニーに戻って行ってしまいました。たった数日のタイミングで人生って変わっちゃうんだなってその時に思いました。

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