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【創作戯曲】虚勢

「虚勢」

ムジナの芝居

 登場人物
来乃(くるの)
行斗(いくと)




大きな夕日が見える河川敷。
町内放送が流れ出す。
川のせせらぎが聞こえてくる。
舞台側が河川敷であり、客席側が川である。

以降のト書きに書かれた役者の行動は、指定のない限り、非常に長い時間をかけて行われる。

学生の格好をした来乃がやってくる。河川敷に来て座る。
背負っていた大きなリュックをゆっくりと降ろす。
しばらく夕日とその下に広がる川を眺めている。

おもむろに立ち上がり、リュックの中からコップを取り出す。
川の岸まで歩き、コップで川の水をすくう。コップの中の水を長く見つめた後、飲み干す。
しかしすぐ吐き出す。表情は嫌悪感を示している。

暫くして足に痛みを感じ、片方の靴を脱ぐ。靴をひっくり返すと小石が地面に落ちる。拾い上げたその石を忌々しく見つめる来乃。

行斗がやってくる。来乃を見つめる。
来乃は持っていた石を川へ─つまり客席へ─向かって投げる。ボチャンと一度音が鳴る。
来乃は精々したようでもあり、不満げでもある声をあげる。
振り返り行斗の存在に気がつくと、小恥ずかしそうにリュックの所へ戻る。

行斗が軽くストレッチを始める。訝しそうに行斗を見つめる来乃。
やがて川に向かって発生練習を始める行斗。
嫌がる来乃。徐々に行斗の声が熱を帯びていく。
来乃は耳を塞いでいたが、耐えきれなくなり行斗の元まで近寄る。

来乃 あの……。あの……。
行斗 (発声練習をやめない)
来乃 (行斗の肩を叩く)あの……。何を……なさっているのですか?
行斗 夕日!
来乃 夕日。
行斗 ゆ・う・ひ!
来乃 夕日……?
行斗 あの夕日が沈むのを、止める!
来乃 ……頑張ってください。
行斗 おう!

行斗が発生練習を再開する。
リュックの所へ戻る来乃、しかし行斗の存在が引っかかっている様子。
発声練習が終わった行斗。夕日に向かって叫び始める。

行斗 おーい夕日ぃー! 沈むなぁー! 沈んだら死ぬ! 死ぬぞぉー!

行斗の声が河川敷に響き渡る。困惑している来乃。行斗の元まで近寄る。

来乃  あの……。あの……。
行斗 夕日ぃー!
来乃 どうしてですか?
行斗 夕日ぃー!
来乃 (行斗を揺さぶりながら)どうして!……夕日を、止めようなんて……。
行斗 ゴミ拾いしたことある?
来乃  ……はい。学校の行事でやりました
行斗  それはゴミ拾いじゃないね。
来乃 え……?
行斗 行事でやったということは、学校に決められた時間の中でゴミを拾う必要がある
来乃 そうでしょうね。
行斗 君は制限時間内にどこかにゴミが落ちていないか歩いて探した。そこで吸い殻とか空き缶を見つける。それらを手袋で拾って、袋に入れる。これでゴミ拾いをした、と君は言うんだ。でも俺は思う。拾ったそれは本当にゴミだったのかって。誰もいらないものがゴミだとすれば、君はそのゴミを探していたじゃないか。自分の袋を満たすために、道に落ちた吸い殻とか空き缶を探しまわった。すると君が拾ったのは、君にとってはもうゴミじゃないということになる。
来乃 い、いや。私は拾いました。ゴミを拾ったんです。
行斗 もし学校の行事じゃなかったら、君は拾ったのか?
来乃 ……。
行斗 可笑しいよな。いつもは見向きもされないのに、学校の行事となるとみんな拾い出すんだ。そのうち、馬鹿な男子生徒がどれだけたくさん拾えるか競争しだす。熱心に道路脇の溝を覗き込んでさ……。クソッ垂れ!
来乃 ひ、拾います! 私、学校の帰り道とか落ちてたら拾います、たまに……空き缶とかなら。近くのコンビニまで持っていきます。
行斗 ……。
来乃 これが、ゴミ拾いってことですよね?  こう、ゴミはゴミとしてしっかり向き合うってことが……。本当の……ゴミ拾い。(行斗笑い転げる)…… えっ。
行斗 何真剣になってんのさ!
来乃 じゃあ早く答えて下さい。
行斗 何が?
来乃 夕日。
行斗 ああ。つまりだ、誰かがやらないといけないんだ。 その誰かが、俺って訳。
来乃 ゴミ拾い……みたいに。
行斗 そうだ。
来乃 夕日を……止めるのを。やる。
行斗 どうして誰もやらないのか、不思議でしょうがないね。
来乃 ……。(不安そうに行斗を見ている)
行斗 君も手伝ってくれないか。
来乃 嫌です。
行斗 なんでだよ。ゴミ拾いと同じだって。ボランティア活動さ! 
来乃 どこがですか。
行斗 就活の時とか役に立つかもしれないぞ。履歴書のアピールポイントに「私は夕日を止める活動をしていました」って。
来乃 そうかもしれませんけど。は、恥ずかしいじゃないですか。わざわざここに来なくても。
行斗 夕日に声が届かないと意味がないだろ?  それに、やってみたら分かるよ。恥ずかしさなんて微塵もないって。
来乃 通報されますよ。
行斗 警察なんか来ないよ。この舞台で俺の邪魔をする存在はどこにもいない。
来乃 一昨日警察に声かけられてましたよね。
行斗 え……いたのか、君。
来乃 私、ずっとここにいるんで。

黙り込む行斗。来乃が近くに落ちている小石を拾う。川岸までとぼとぼと歩くと、川へ向かって石を投げる。
が、上手く跳ねずにボチャンと落ちる。舌打ちをする来乃。
行斗が来乃の元に近寄る。

行斗 そんな投げ方じゃ跳ねないぞ。
来乃 別に。水切りしたい訳じゃないんで。
行斗 いいか、角度が大事なんだ。石が水に真っ直ぐ入るように意識すると上手くいく。まず、石を持つだろ。……ほら、やるんだ。
来乃 やりませんよ。(行斗の教師のような喋り方に苛立ちが募っていく)
行斗 そしたら、片膝をつく。姿勢はなるべく低い方がいい。ついたらまず、イチで両手を広げる。次にニで今度は体を捻る。ただ投げるだけじゃなくてだな、このツイストが重要なんだ。やれよ。
来乃 やらないって。
行斗 そして、サン! で投げる。よし、今から実際に投げるからな、見とけよ。まず石を持って、片ひざをついて。……イチ、ニの、

来乃がリュックを掴んだかと思うと、行斗に向かって素早くリュックを投げつける。

 来乃 うるせぇんだよ! 教えろなんて言ってねぇのにベラベラ喋りやがって! 国語の教師か、お、オメーはよ!
行斗 なんだなんだ! お、落ち着けよ。
来乃 はぁ……はぁ……。
行斗 わ、悪かったよ。君に押し付けがましいことをしたのは認める。
来乃 ……夕日が沈んだら、その後……どうするつもりなんですか。
行斗 沈まないよ、俺が止めるんだ。
来乃 そういうの良いから!
行斗 ……大人しく帰るよ。
来乃 どこに?
行斗 どこってそりぁ……どこだろう?
来乃 私、もうずっとここにいるんです。あなたがその活動を始める前から。
行斗 家族は? 心配するだろう。
来乃 家族? 家族……家族! 家族、家族、家族! ……殺した。
行斗 何だって? どうしてそんな悲しいことを……。
来乃 うっそー! ちゃんと生きてますよ。憎らしい。でも、家族じゃないんです、アイツらは。もう……。
行斗 俺さ、今役者目指して頑張ってんだ。
来乃 ……はぁ?
行斗 (来乃の側に来て体育座り)それまで漠然と生きてて、もう死んでるみたいな毎日で。でも、役者を目指してから変わったんだよ。相変わらず生活は終わってるけど、今は毎日が楽しい。
来乃 ……。
行斗 君に夢はある?
来乃 夢か……。(行斗の横に来て体育座り)
行斗 夢がないとね、人間はおかしくなっちゃうんだよ。
来乃 あんたに言われたくないわ。
行斗 ……俺って、そんなヤバい奴に見える?
来乃 (頷く)
行斗 やっぱり……やりたいこととかないの?
来乃 うーん……楽に死ねたら何でもいいな。
行斗 死ぬのは駄目だよ。
来乃 どうして。
行斗 夕日が悲しむから。
来乃 ……夕日。
行斗 夕日がなぜ沈むのか、考えたことはあるかい?
来乃 ない。
行斗 俺らに伝える為に沈むんだ。終わることの悲しさを。
来乃 はぁ。
行斗 夕日を見ると、綺麗だなぁ、よりも、切ないなぁって思わない? 
来乃 ……思う。
行斗 夕日は、俺たちの為に身体を張って、毎日毎日沈んでくれる。死んでくれる。
来乃 うん……。
行斗 夕日を止めるなんて無理に決まってる。もし夕日が沈まなかったら、僕たちは簡単に命を投げ出すだろうね。……だからこそ、俺たちは夕日に言わなくちゃならない。沈まないでくれって。
来乃 なんだ。あんたも死にたがりなのか。
行斗 違う! 俺は誰にも死んでほしくない。でも、夕日は毎日死んでいく。その事実を、皆は軽く受け止め過ぎている。見向きもしないんだ。誰かが夕日が沈むのを悼まないといけないんだ。……それが俺だと駄目な理由はどこにもない。
来乃 じゃあ、……私だと駄目な理由もどこにもないね。

来乃、素早く立ち上がり、夕日に向かって叫び始める。

来乃 おーい夕日ぃー! 沈んだらダメだぁー! 死ぬなぁー! 生きろぉー!……あんたもやってよ!
行斗 ……ああ、(素早く立ち上がる) おーい夕日ぃー! まだだぁー! 沈むんじゃないぞー!

以降、二人は同時に夕日に向かって叫ぶ。声のボルテージがどんどん上がっていく。
それに合わせて、彼らは生きる喜びで満たされていく。

来乃 沈むなぁー! 私たちをぉー! 照らし続けてぇー! 夕日ぃー! 生きていてくれぇー! おーい! いつもいつもぉー! 沈んでくれてぇー! ありがとぉー! まだ死ぬなー! 生きろー!
行斗 おーい! 俺は見てるぞぉー! お前が沈むのをー! 死なないでくれぇー! まだ生きろぉー! ありがとうー! 俺の為にぃー! 沈んでくれてぇー! でもまだだぁー! まだ死ぬなぁー!
二人  おーい! おーい! 沈むなぁーーー!!!

夕日が完全に沈む。急に辺りは暗くなる。
川のせせらぎと、二人の乱れた呼吸だけが聞こえる。
長い間黙り混む二人。立ち尽くしている。
そしてようやく行斗が口を開く。(以降二人の台詞は息も絶え絶えなものである)

行斗 君……いい声してるね……。
来乃 演劇部だったんで……これでも……。
行斗 そうか……。俺、君に……嘘、ついてた……。
来乃 なんですか……。
行斗 役者なんて……目指してもない……。
来乃 ……フリーター……。
行斗 自宅警備員だ……。
来乃 じゃあ、早く……職場に戻ってくださいよ……。
行斗 そうだな……。
来乃 私も……嘘、ついてました……。
行斗 なんだ……。
来乃 私……今年で……26です……。
行斗 はは……僕より……年上じゃないか……。
来乃 コスプレ野郎なんで……私……。
行斗 ……何が本当か……もう分からないなコレ……。
来乃 ははは……。
行斗 帰ろうか……。
来乃 そう……ですね……。
行斗 俺たちには……帰る場所があるんだ……。
来乃 そう……ですね……。

なぜか座り込む二人。

来乃 結局……どこに帰るんでしたっけ……?
行斗 それは……どこだっけ……?
来乃 もう……ここにいませんか……? ずっと……。
行斗 それはダメだ……。早く、帰らないと……。待っている人がいるんだ……俺たちを……。
来乃 もう……忘れられている、かも……しれませんよ……? 誰からも……。
行斗 そんな訳ない、とは……言えないか……。
来乃 はい……。
行斗 でも……とにかく、ここにいちゃ駄目だ……ここじゃない場所に……行かないと……。来乃 それは……そうですね……。
行斗 さぁ……行こうぜ……。
来乃 うん……。行こう……。

なぜか河川敷に寝転がる二人。もう起き上がる気力もない。

来乃 私……見つけたんです……将来の、夢……。
行斗 ……なんだ……?
来乃 誰かの役に……立つ仕事……。
行斗 立派な夢だな……。
来乃 具体的には……分からないけど……。でも……誰かを、幸せにしたい……。誰かの気持ちを、満たしてあげたい……。
行斗 じゃあ……今すぐ行動に……移さないとな……。夢を見つけたそのときから……進み出さないと……。
来乃 そうですね……。なんだか……生きる気力が……沸いて来ました……。
行斗 それは……良かった……。俺も、夢を見つけないとな……。
来乃 本当に……役者を目指してみたら、どうですか……?
行斗 確かに……悪くはないな……。
来乃 じゃあ……早く行きましょう……。どこかに……。
行斗 そうだな……。ここじゃない……どこかに……。
来乃 立ち上がりましょう……。
行斗 立ち上がるぞ……。
来乃 一歩を……踏み出しましょう……。
行斗 踏み出すぞ……。
来乃 ほら……周りの景色が……どんどん変わっていく……。

徐々に照明が落ちていく。

行斗 本当だ……。ありがとう、夕日……。
来乃 ありがとう、夕日……。
行斗 夕日の為にも……行かないと……どこかへ……。
(来乃 行きましょう……。早く……。
行斗 ああ……行こうか……。)

以降、()内の台詞は繰り返し交わされ、溶暗後も暫く続く。
二人は捨てられたゴミのように、どこへも行けずに生き続ける。

-幕-







ムジナの芝居


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