病名にとらわれない生き方¦#暮らしを生きやすく
こんにちは!muu(むぅ)です🦛🥛(Twitter @_muuu126, Blog muu nikki)
今回は、私が考える「病名にとらわれ(すぎ)ない生き方」についてお話したいと思います。
ここ数年、HSPという言葉をよく聞くようになりました。
そして、「私、HSPなんです」と言う方もちらほら見かけます。
HSPは生まれ持った性質のことで、病気などではありません。
これに対して、私はというと社交不安障害(SAD)を抱えています。
社交不安障害については、私のブログのほうでご紹介しているので気になる方は読んでみていただけると幸いです。
HSPという言葉は暮らしの中で浸透してきたように感じるのですが、社交不安障害(SAD)についての認知度はそこまで高くない気がしています。
でも、私は思うのです。
HSPも社交不安障害(SAD)も大きなくくりで言えば「繊細さん」なんだと。
区別する必要はないのではないかな、と思うのです。
緊張しやすかったり、周囲の環境に敏感な部分がある。
そのくらいのくくりで十分なのではないかな。
どんどん細かい区分けみたいなものが増えてきていて、自分はそのなかのどれかにはまらなくてはいけないような、ある一種の肩書きみたいに扱われているような感じがしています。
そして、また私は考えてしまうのです。
「どこかのカテゴリーに自分を当てはめて、それでどうなるの?」と。
きっと、いろいろな生きづらさを感じている人が多くて、「あなたの場合はこのパターンになりますね」と言われたら、「他にも同じように悩んでいる人がいるんだ。自分だけじゃないんだ」とホッとする部分があるともいえます。
もし、「そんなこと感じてるのあなただけですよ。あなたがおかしいからです」なんて言われたらショックです。
なので、仲間意識のようなものになっているのかもしれません。
私はというと、社交不安障害(SAD)の当事者として思うことは、もちろん社交不安障害(SAD)の認知度は上がってほしいと思ってはいますが、深刻な病気とは考えていなくて、「気にしいなんだな」とか、「人よりも緊張しやすい傾向があるな」と、自分の取扱説明書のように捉えています。
ここでのポイントは、深刻に捉えるのではなくて「そういう傾向がある」という程度に捉えること。
深刻に捉えてしまうと、事あるごとに「やっぱり自分はHSPないし社交不安障害(SAD)なんだ」と認識してしまうことになるのではと思います。
カテゴリーにばかり囚われてしまうイメージです。
それではより一層生きづらさを強調してしまうのではないでしょうか。
むしろ、生きづらさを感じたときにしてほしいことは、「どうしたら少しでも楽に過ごせるか」ということのほうを考えてみてほしいです。
HSPの場合でも、社交不安障害(SAD)の場合でも、ちょっとした工夫をすることで解決できたりします。
それは自分で見つけていく必要がありますが、同じように悩んでいる人の方法が参考になることも大いにあるでしょう。
私は、認知行動療法という治療を受けてトレーニングを繰り返すことで少しずつ克服してきました。
完全に生きづらさがなくなるわけではないのですが、最初のころよりは随分と楽に物事を捉えられるようにもなりました。
「私はHSP or 社交不安障害(SAD)だからもうだめなんだ」なんてことはなく、その先を見つめてみてほしいです。
おわり
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