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お留守番

こどもの頃、1人でお留守番をするのが好きだった。がらんとした家に1人いると、いつもの机、ほこりがちょっとついた茶色の階段の手すり、窓全部が急に大きく感じたり、光っているように見えた。いつもの景色がちがったものに変わるような時間がお気に入りだった。そんな中でごろんといつまでも天井の電気を見ていた。

六年生の卒業式を終えた春休み。1人でお留守番をしていると、インターホンがなった。
 「はーい」とお母さんの真似をして言うと
「このあたりを順番で回っています」
みたいなことを知らないおじさんが言った。
困ってるのかな。かわいそうに思い、玄関に出て話を聞いた。すると、
 「今大切な調べものをしていて。小学校の卒業アルバムを見せてくれる?」と言われた。
おじさんの顔を見るとやっぱり困っている。
「他の子にも見せてもらってきたんだよ。」
と続けて言った。
 わたしは部屋からもらったばかりの卒業アルバムを取りに行った。わたしは一人前だ。
どうぞ、と渡すとおじさんは五分くらいじっと見ていた。メモをとっていたように思うけど、あまりよく覚えていない。鞄が黒かった。お父さんのと似ていると思った。
おじさんは「ありがとう。」と言って早歩きで道を歩いて行った。

お母さんが仕事から帰ってきた。部屋がいつもと同じに戻った。
さっきのことを話すとみるみる怖い、悲しい顔になった。
「知らない人に大事なものを渡したらだめなんよ、大変なことになるんよ。」
褒められるどころか、怒られた。わかるけどわからない。疑うことを教えられているようで、素直に返事ができなかった。

 あの頃のわたしたちの卒業アルバムの後ろのページには、学年みんなの住所と電話番号が載っていることがきちんとわかったのはしばらく先のことだった。『コジンジョウホウ』という言葉も知った。
あの時母は
「困ってる人を助けてあげたね。」とわたしの頭を撫でたかっただろうなと歳をとってからよく思い出す。
なんてことのないのに忘れられない出来事です。

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