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私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション115『城(しーろ)』

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作者駐:『私的国語辞典』は全文無料で閲覧が可能です。ただ、これらは基本『例文』となっておりますので、そのほとんどが未完となっています。基本的にそれらの『例文』は続きを書かないつもりではおりますが、もしどうしても続きが気になる方は、コメントいただければ前向きに検討させていただく所存です(←政治家か


「はあい、ちゃんとお城、描けてるかなあ?」

明るい若い女性の声に、芝生に座り込む小学生達が「まだーっ」とか「できたよーっ」とか「ねーむーいーっ」などと口々に言葉を返す。

「はいはあい、できた人は先生が見に行くから、そのまま座っててねえ。描けてない人はまだまだ時間は有るから、慌てなくて良いからねえ」

彼女は一息で用件を伝えると、腰に手を当てながらふう、と満足げな顔でため息をついた。

「良い?みんな。今日描いてもらったいる姫路城は、日本一綺麗なお城なんだよ。パッと見た目はシンプルそうに見えても、良く見ると泥棒さん退治のしかけがわんさか。だから──」

歩きながら話していた彼女が何の気無しにすぐそばに居た子の絵を覗き込み、そして絶句した。

「──っと、竜也くん、高橋竜也くん?」

彼女の問い掛けに、絵を持って退屈そうにしていた竜也が顔を上げる。

「なあに?」
「またずいぶんと大胆な絵を描いたわねえ」

彼女は今目の前で展開している『ボケ』に

おま、これ、豆腐と海苔並べてるだけやないか!
タワーか!トウフタワーか!新しい姫路の名物か!

――とツッコミたい気持ちを抑えながら、温厚な先生らしく優しい口調で語りかけるが、しかし彼は口を尖らせて、

「だって、めんどくさいもん」

と、なるほど確かにめんどくさそうに答えた。

「あ、そ、そう」

彼女はその様子に思わずたじろぐが、しかし彼女は先生だ。負けてはならない。

「で、でもね、芸術にもね、相手に伝えるための工夫も必要だと思うのよ」

まあ要するにちゃんと描け、って意味もオブラートに包みながら上手く言ったつもりの彼女を、さすが子供だ、

「やだよ、めんどい」

とあっさり一刀両断に切り捨てた。
周りの子供達が絵を描く手を止めてやり取りを見つめているなか。

「……竜也くん」

彼女が静かに竜也を呼んだ。

「んあ?」
「『んあ?』じゃないわよ!」

彼女は我慢が出来ない、とばかりに首を激しく横に振ると、大げさな素振りで左手にそびえる姫路城を指さした。

「ええいわかった、貴方には姫路城の素晴らしさを骨の髄まで教え込む必要が有るみたいね!」

突然変貌した彼女の迫力に竜也は思わず怯えた表情を見せたが、キレるどころか目をキラキラと輝かせている彼女には瑣末なことでしかない。

「さあ行くわよ!歴女のプライドにかけて、全身全霊をもって教えてあげるから!」

彼女は彼を強引に起き上がらせると、他の子供達が呆気に取られている間に、激しい砂煙をあげて走り去ってしまった。


次の日。
想定内というか、案の定というか。
高橋家のご両親が殴りこんできた。

「先生はいったい何をなさったんですの?!昨日から竜也がおかしいんですから!」

職員室に響くヒステリックな叫び声に慌てる彼女。

「いえ特におかしくなるようなことは何も」
「しかしですよ、帰ってくるなりあの子が目をギラギラさせながら姫路城の良さを延々と語り続けるなんて、絶対にありえないんです!」

母親の剣幕に……と言うよりも、その話の内容に、彼女は思わず一歩後ずさる。

「ぎ、ギラギラ、ですか……」
「そう!ギラギラです!」

そうやって喚いている貴女の目もギラギラしてますよ、とは流石の彼女でも言えない。

「ともあれ、私は姫路城についての解説を現地で行なって、みんなと同じようにスケッチをしてもらっただけですよ」

彼女の説明に「ほんとにそれだけなんですか?!」と食らいつく母親を見て、父親がため息を漏らした。

「そもそも、姫路城なんて言う遺物を喜んで眺める神経が解りませんな」

父親の嘲るような言葉に、彼女の右眉がぴくり、と動く。

「そうよ、だいたいあんな古い建物見て何の役に立つというのよ。知識もスケッチも無駄よ無駄!そんな事してるくらいならもっと勉強――」
「無駄、ですって?」

母親のヒステリックな叫び声が、彼女の地を這うような声でぴたり、と止んだ。父親も怪訝そうに彼女を見ている。

「あの美しいお城を、あのこれまでの日本の中核を支えてきたあのお城を、……無駄、ですって?」

彼女が声を小刻みに震わせているのをみて、二人は自分たちが地雷を踏んだことに気がついたが、時既に遅し。

「やはり教養は親から伝えるもの!ならば、姫路城の良さもやはり親から伝えていって頂かなければなりません!」
「あ、いや私たちは」

二人は慌てて退散しようとしたが、彼女は二人の手をがっし、と握り、

「いや!とても大切なことです!あなた方にはもっと姫路城の良さを理解していただきたい!」

二人は彼女のキラキラした目を見て、子どもに何が起こったのかを理解し、そして慌てて彼女の手を振りほどこうとした。

「いやでも私はそろそろ仕事に戻らないと」
「私も買い物がありますので」
「いいえいえ!ぜひこれから姫路城に行って、私の解説を聞いてみてください!絶対に姫路城を好きになりますから!」
『ああいや私たちはこれでえええええええええっ!』

1分後。
何故か室内にもかかわらず砂煙の上がった職員室の入り口には、すでに三人の姿はなかった。

もちろんあとはご想像の通り。


高橋家はそれからというもの、毎週、いや毎日か、暇を見ては三人で三の丸公園を訪れては、うっとりと姫路城を見つめるようになったという。

めでたし、めでたし。

(2115文字)

しろ [城]
昔,敵の来襲を防ぐために堀をつくり石垣をめぐらすなどして築いた堅固な建物。


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