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【コラボ作品】『うちゅうじんさんへ』

作 ならざきむつろ BGM:soundorbis
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『うちゅうじんさんへ』 ならざきむつろ

「はあい、皆さん書けましたか~?」

ある日のお昼前。
とある小学校のとある教室で、教壇に立った女性が明るい声を上げている。
とても昨夜彼氏の浮気が発覚したとは思えない明るさだ。

「書けた~!」
「ムズイ~!」
「まだ待ってぇ」
教室のあちこちから生徒たちの返事が飛ぶ。
「はあい、まだの人も多いので、今のうちにお話しまあす」
まだの人は書いててね、と彼女は言い黒板に身体を向けると、黒板の両端に二つの円を描く。
「はあい。こちらの円が地球です。そして、先週ずうっと遠くのこちらの星から『うちゅうじん』がやって来ました」
彼女はそこで片方の円からもう片方まで一気に矢印を描く。
「『うちゅうじん』はもうテレビでもやってたから皆さん観ましたよね?」
彼女の問いに、あちこちから、
「みた~!」
「キモかった~!」
「カッコよかった~」
という返事が飛び交う。
「はいはあい。で、その『うちゅうじん』さんたちは、どうやら観光に来たみたいなのよ。で、なんだか図鑑に載せたいんだって」
彼女の話に、
「動物と同じ~」
「じんけんしんがい~」
という声が飛ぶ。
あの親にしてこの子有り、なあんて思いつつ、彼女は両手を広げて静かにさせる。
「まあまあ。でも、せっかくならカッコいいとこ見せたいじゃない?」
彼女は話しながら、黒板に大きく『人間ってなあに?』と書いた。
「だから今日は皆さんに、私たち『人間』を紹介してもらいたいんです」
彼女はそこでぐるっと教室を見回し、にっこりと笑った。
「よおし、皆さん書けましたね。では集めまあす」



その夜のこと。
外で食事を済ませて帰宅した彼女は、悟の馬鹿むきーっ、とか叫びながらひとしきり暴れたあと、息を切らしながらテーブルの前に座り、鞄から昼間に書かせた『紹介文』の束を取り出した。
「ま、まずは隆明くんね。わが校の秀才理系メガネ男子は何を書いたのかな?」

『人間とは頭が一つで目と耳が二つで、口と手と足がある生き物です。ぼくみたいに何でもできる子もいるし、春夫みたいにバカな子もいます。ぼくはすごいです』

「……いや、自分サイコーは良いけど、それをここに書かれてもさあ」
彼女は頭をポリポリと掻きつつ次をめくる。
「ああ、晴香ちゃんね。きっとかわいいこと書いてるんだろうな」

『人間はこわいです。とくに大人はこわいです。大人はすぐおこるし、おなかをけります。大人はだいきらいです』

「……え?ええやだもうマジで?」
彼女は慌てて読み返すが、その殴り書きのような作文からは、それ以上何も読み取れない。
「いやあんDVかしら、何とかしなきゃ」
彼女は半泣きになりながらも、くじけず次をめくる。
「次は良介くんか……ぐす、今度は明るいのお願いします」

『人間はだれかをあいしたり、あいされたりします。ぼくも美紀ちゃんをあいしてます。美紀ちゃんもぼくが好きです――』

「おお、良介くんやるじゃない」
読みながら少し立ち直った彼女だが、続く文章に目を細めた。

『人間は子供をうむためにエッチをします。
ぼくもこないだ、美紀ちゃ』

「わーっ!ないないない!小学生でそれはなあいっ!」
彼女は大騒ぎしながら次をめくる。
「大志!あんたは大丈夫よね?!」

『人間っておもしろいよ。スカートめくったらおおさわぎするし、カレシのことを聞いたらかおがまっ赤になるし』

「って私のことじゃないのよう!私紹介してどうするのよう!」
彼女は両手でテーブルをバンバン叩くと、むきーっとか叫びながら暴れ回る。
「ああもう!小学生らしいのはないの?『ザ・小学生』みたいなのはっ!」
彼女はプンスカ怒りながら次をめくる。

『人間は自分勝手です。昨日も良介くんが私の気持ちをむしして学校で』

「っ美紀ちゃん!だめぇ!」
彼女は頭を抱えながら後ろに倒れてじたばたと暴れ回る。
「ああもうっ!やっぱり性教育の指導は早過ぎたのよう!あんなに恥ずかしかったのにい!」
ひとしきり暴れたあと、彼女は起き上がって軽く深呼吸をした。
「だめ、さっさと終わらせないと」
まるで自分を説き伏せるようにつぶやくと、そろりと次をめくった。
「多加子ちゃんか。いつも本ばっかり読んでるけど、どうかなあ」

『人間には、いろんな生き物が合体してできています。だから、人間はほかの生き物を見るとき自分の知っているだれかにそっくりだ、と思っています。そして人間は、同じ地球に住むたくさんの生き物を大切にします。だってもとは自分と同じだから。

 だから、私は人間が大好きです』

「……ふう」
その短い文章を読み終え、彼女はおもむろに天井を見上げる。彼女の顔には柔らかな微笑みが浮かんでいた。
「これだから辞められないのよね、教師って」
彼女は嬉しそうに言うと、よし!と気合いを入れ直し、紙を一枚めくった。

『人間はおもしろい生き物です。昨日も僕が彼氏のことを冷やかすと真っ赤になって』

「だからそれは私のことおおおお!」
(1993文字)


※ BGMはsoundorbisさんがフリー素材サイトで提供されている『猫と日向ぼっこ』を使用させてもらいました。
http://dova-s.jp/_contents/author/profile160.html

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