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「私はよくないと思う」大村はまの一言・小さな教育情報

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9月6日の日本教育新聞に大村はまの著書を紹介する記事がありました。そこで思い出したエピソードを書こうと思います。

私は若い頃に大村はまのお話を直接聴く機会がありました(桐蔭国語研究会での青木幹勇・倉澤栄吉との鼎談でした。今考えると国語教育の重鎮たち。すごいメンバーです)この時に聴いた話をご紹介します。

ある日、大村はまは小学校で3年生の手紙文の研究授業に参加しました。授業は授業者の人柄がそのまま表れていて、たいへん温かい雰囲気で進行していたそうです。

そこでこんな場面がありました。一人の児童が手を上げて「先生!私、何を書いていいか思い浮かびません」と発言したのです。担任の先生は本人の所へ行くと、手を頭に優しく乗せてこう言いました。「それはね。この素敵な頭でよーく考えるのよ」。

それはたいへん微笑ましいやり取りで、参観者はみんな温かい気持ちになったそうです。

さて、授業後の研究会です。それぞれ参観した先生方が授業のよい点を述べて、おおよそ肯定的に会は進みました。そして、さっきの微笑ましい場面の話になり「あの対応はよかった」「子どもの気持ちを壊さずにいい対応だ」と口々に称賛の発言が続きました。

そうした中、大村はまはこう発言したそうです。 

「私はあの対応はよくないと思います」

会場は一瞬にして凍りつきました。そして、会場の全ての人が思いました。なぜなんだ!なぜ「よくない」というのか?

大村はまはこう言ったそうです。

「あの子は手紙を書きたかったんです。書きたいのに書く材料が見つからずに困っていたんです。だから、先生に助けを求めた。それなのに先生は何も教えようとしなかった。なぜ教えてあげないのですか?それが先生の役目です。現にあの子は何も書かずに1時間の授業が終わってしまいました。だから、よくないのです」

この発言に対する反論は十分予想されます。曰く、子どもの主体性を重んじろ、指示待ち人間でいいのか、子どもに任せるべきだ…。

どれも間違ってはいないのですが、それは同時に空虚な抽象的スローガンでしかありません。

大村はまの物言いは、“その子”を見ての発言です。授業の事実に基づく発言です。そこが他の参観者と決定的に違います。

私たちはスローガンで授業を評価してはいないでしょうか?

ちなみにこのエピソードは大変有名なものなのでご存知の方もいるでしょう。また、大村はま著作集のどこかにも書いてあるはずです。




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