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池辺葵は天才です。

池辺葵を知っていますか?

こんにちは。
今日は私が今一番注目している漫画家 池辺葵さん について語ります。
池辺葵さん 皆さん読んだことありますか?
主な作品に
『繕い裁つ人』
『プリンセスメゾン』
『ブランチライン』(連載中)
などがあります。繕い裁つ人は中谷美紀さん主演で映画化、プリンセスメゾンは2016年にドラマ化しているので、池辺葵さんの名前は知らなくてもタイトルを聞いたことがある人はいるかもしれませんね。

ちなみに私は映像化はどちらも未視聴です。
なぜならどちらも漫画が最高だと思い込んでいるからです。
控えめに言って池辺葵の漫画は天才です。

とはいえ、私も15年ほど前、初めて友人のお勧めで『繕い裁つ人』を読んだときは独特の雰囲気のある素敵な漫画だなぁ。という一般的な好印象を抱いただけでした。

そんな池辺葵作品に再び出会って、ぐぐっと心を掴まれたのは、『プリンセスメゾン』を読んだ時です。
この作品の途中、まるで映画も観てるようだ!!と何度も興奮しました。

静寂な漫画

プリンセスメゾンは住まいを題材にした作品です。女性が自分だけのお城となる家の購入しようと奮闘する様とそれを応援する人たちのお話です。

第一話、主人公がマンションの見学会に訪れます。少し場違いにも見えますが、どうやら沼越様は常連の模様。後半8ページ、一切セリフもモノローグもありません。
雨の帰り道と主人公の家が、画だけで描写されます。
それでも私たちは主人公がどんな女性か、何を楽しみにしているのか知ることができます。

漫画や小説や映画など、そこに語るべき物語があるとき、どうしても登場人物はモノローグ含め、口数が多くなります。
必要な情報とはいえ、私はその不自然さがあまり好きではありません。
それが漫画であるとき、作者は説明を減らしもっと画や場面で描写し、読者の想像力を信じていいと思うんです。


縁側に座る後ろ姿っていいですよね。



ところで、セリフのないシーンというのは漫画ではさして珍しい手法ではありません。(スラムダンクの山王戦ラストとか、ブルージャイアントの演奏シーン、くらもちふさこさんも一話丸まる雑踏の擬音のみと、数多くの名シーンがあります。)
ただ、それらは、その場にあるべき音をあえて書き込まないことにより、緊張感を持たせたり、読者の意識を場面に集中させるという手法です。

プリンセスメゾン第1話の8ページは、実際セリフがないところをそのまま描写しているので、音がないことが自然なシーンなのです。登場人物は主人公(沼ちゃん)一人。一人ですから黙々と歩いて帰り、淡々と過ごし、話さないことが自然です。
不必要に誰かにぶつかって沼ちゃんのやさしさを表現したり、誰かから電話がかかってきて沼ちゃんの状況を説明したり、という不自然なことがない自然な静寂です。
池辺葵さんの天才性の一つが、この静寂を使っての描写です。


読者を信じるということ

池辺作品の静寂な場面では、よく引きの画(広角の画)が描かれます。
登場人物がいる場所を広く描いて、その中に人物をポツンと小さく描く絵です。雑踏だったり、田園の中であったあり、たばこ休憩の屋上だったり。そこで人物がどんな風に立って、どこを見ていて、続くシーンでどんな表情をしていたか(こちらがいわゆる寄りの画ですね)、とすべてセリフなしで描くことが多くあります。


主人公の沼越幸の後ろ姿。



私たちは人物がどこにいて、どんな風にその時間を過ごしているかという状況から、言葉がなくとも人物の心情を想像できてしまう。物語を文字では語らずに、読み手に委ねる。これが読者の想像力を信じるということなのです。
しかも驚くべきことに、池辺作品の登場人物は往々にして表情に乏しいのに。ほぼ無表情、もしくはほんのり微笑むだけなのに。それを可能にするのが、ひきの画の効果的な使い方なのです。

文字を極限までなくし、ひきや寄りのカットの連なりを用いての表現が、まるで映画のカット割りのようなのです。
映画であればセリフがなくてもそこに音があるのに対し、池辺作品は本物の静寂だけで心情、状況を描写しています。読者は自身の想像力を働かせ、登場人物の日常を覗いて微笑み、雨のシーンはしとしとと音を聴くことができます。


女性の顔→天井と交互に描くことで女性が何に注視しているか表現する
こちらも映画の切り返しという技法です。


とはいえ、登場人物が全部無口なわけではありません。『プリンセスメゾン』は家にまつわる女性の群像劇のですので、友人が集えばおしゃべりもします。おしゃべりには脈略がなく、読者に親切な説明もありません。
女性が集まるとそうなりますよね?笑
読者はおしゃべりの断片を拾い集めて、新しい発見をしたりことの顛末を知ります。つまりここでも池辺葵はあくまで自然な会話を描くだけ、物語は読者の想像力を信じて語られるのです。


また少ないからこそのセリフの秀逸さも際立ちます。主人公沼ちゃんの言葉に心を掴まれたり、なんだか切なくなったり、静寂の中で読者の心を静かに震わせます。

プリンセスメゾンだけで、長々と語ってしまいました。
書いているうちにこの作品を発見した時の感動が蘇ってしまい
ぜひ皆さんにも、漫画なのに映画を観たような気分や、自然な静寂を体験してほしくて熱が入りすぎました。

本当は隠れた名作『雑草たちよ大志を抱け』をメインで紹介しようと思っていたのですがそちらはまだ次回。

まずは『プリンセスメゾン』を読んでみてくださいね。
(そして私と語りましょう)
池辺葵は天才です。


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