【創作SS】かえりみず

あるOLの話。

仕事中いやな事があった。上司の理不尽な物言い。まあ、よくあることだが、だからといってはいはいと流せもしない。むしゃくしゃしながらやっと帰れると思った。ら、だ。
ポツ……ポツ……ザァアアアアアアア……。
乾いた地面に次々と黒点が広がっていった。雨だ。昼間の熱を溜め込んだアスファルトを濡らし、重たい湿気をもたらす雨だ。
折り畳み傘をさして、気分を落としながら家路に着いた。
いつもの道。毎日毎日、嫌というほど歩く道。その途中。
「あっ」
側溝にヒールが入り込み、派手に転んだ。
痛い痛い痛い冷たいぬるい痛い……。ああ嫌だ……嫌いだ。嫌いが、降ってくる。仰向けに倒れたまま雨に呑まれ、側溝に一緒に流れてしまいたいと思った。サイアク……服はドロドロ。張り付くYシャツが気持ちわるい。周りに誰も居なかったのが唯一の幸い。そう思いながら立ち上がる。

擦りむいた足を動かして、やっとのことで自宅についた。
「はあ……ただいま」
ドアを開け家に入ると、愛猫が足に擦り寄ってきた。いつもは嬉しいこの行為も、濡れた足には……この子に罪はないのだけど。
濡れた横腹を毛づくろいし始めた猫を横目に、浴室に向かう。まずはこの汚れを落とさなくては。
熱いシャワーを浴びる。汗と泥が剝がれるように落ちていく。冷えた身体に沁み渡る、温かさにほっとする……。……傷に沁みて痛い。
「はあ……」

洗面所。風呂上りのスキンケア。
「ミャ!」
……シンクにとびのり、かわいい顔でこちらを見上げてくる猫。
「はいはい、水ね」
少しだけ蛇口をひねる。チョロチョロと出てきた水を一瞬見つめ、待ってましたと飲み始める猫を見て、思わず微笑む。垂れてる垂れてる。

昨日のおかずの残りや冷凍食品で簡単な夕食を済ませた後、汚れた服を洗濯し、いつも通りTVを見て笑い、スマホをいじっているうちに、就寝時間がやってきた。
歯を磨いて、さあ寝ようと床に着く前に。カーテンの隙間から外を覗いてみる。まだ、雨は止んでいない。
明日も行く道を、雨に滲む遠くの街をぼーっと眺め、最後に窓ガラスをうねうねと伝う、生き物のような水滴たちを見やった。

嫌いが降ってくる……か。ベッドに入り、布団をかぶりながら思う。

「嫌いでも、必要なんだ」



あとがき

学生時代にTwitter(現X)に思いつくまま書いていたSSをちょっと修正して載せてみました。当時どんな気持ちで書いていたか、正直思い出せませんが……清々しい気持ではなかったのは確かですね。

さて、どうして載せたのかですが。
単純に「どこかに置いておきたかった」からです。水のように流れる場所ではないところに。


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