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34歳会社員がラジオパーソナリティーに転職した話⑪フィジー編

会社員だった私が、34歳でラジオパーソナリティーに転職するようになった経緯をのんびりと書き連ねている。

フィジーの海で溺れ、救出された船上で華麗なスルーを決められるという惨憺さんさんたる結末となったウォーターアクティビティのお話はこちらから
34歳会社員がラジオパーソナリティーに転職した話⑩フィジー編

3週間noteから遠ざかっている間に、漢字に「ルビ」をふれるようになっていました。本気マジこんな感じに。方法はこちらに詳しくあります。

母とし子の話

10年ほど前のフィジー旅行記が続いています。
今回の主役は私の母。

エセ国際派の私がフィジーの海上で船に揺られていた頃、湘南(大磯)生まれ、当時62歳の母は、多くの外国人たちと一緒に楽しそうに海に浮かんでいた。

母はなんというか…愉快な人間だ。

湘南(大磯)で生まれた母はその後、港区六本木、文京区大塚へと移り住んだ。

幼少期を過ごしたのは六本木交差点からほど近い一等地で、庭に池のある一軒家に住んでいたんだ…とにわかには信じられないようなことを話していた。

どこぞのご令嬢?初めて知りましたけど?

私が大人になってから、両親と共に母の当時の家がどうなっているかを見に行ったことがある。
母の言っていることが真実なのか確かめよう、みたいな気持ちもあった。

六本木通り、首都高を見上げながら歩くと、某大使館の宿舎が見えてきた。東京のど真ん中にふさわしいスタイリッシュな建物だ。
大使館宿舎のそばで足を止めると「ここらへん!」と母が無邪気に言う。
いやいやこんな大都会にまさかと思いながらついていくと、母が住んでいたという辺りは見事に「公衆トイレ」になっていた。
こういうオチの付け方が母らしい。

幼少期から結婚するまで過ごしていた文京区大塚では、母の父、つまり私の祖父が練り物屋を営んでいた。
小田原のかまぼこ屋で修行をしたというかまぼこ職人の祖父は、まだ小さかった母の手を引き、早朝から築地市場によく出かけたそう。
母は、毎日魚に囲まれていたというその頃に海や海の生物を好きになったらしい。

さて、母の性格はと言うと、とにかく前向きで、自分のやりたいことをやりたいようにやるタイプ。
「一回きりの人生、楽しまなくちゃ損!」
息を吐くようにこんなフレーズを言ってそうな人。

若い頃は、夜な夜な家を抜け出しては池袋のジャズバーに通い、バーテンダーを逆ナンしたり。

思いたって北海道から東北へと鉄道とバスを乗り継いで、宿も何も決めずの一人旅をしてみたり、とだいぶ活発な女性だった。

「どうせ」
「私なんて」
「できないかも」

私がよく使う弱気な単語3選だが、母がこんな言葉たちを使うのを聞いたことがない。
思えば、彼女がくよくよしたり、涙を流す姿を見た記憶がほとんどないのだ。娘の私が見ていないところで涙を流すことはあったのかもしれないが。

「一回きりの人生、楽しまなくちゃ損!」
そのバイタリティが娘の私に引き継がれていないことが不思議で仕方ない。

バイタリティの塊である母が五十代の頃、突如始めたのがスキューバダイビングだった。
海の生物の図鑑のような本を読み漁り、海の世界をうつした映像作品を一日中眺め、まるで子どものように目を輝かせて
「マンタが!」「なんとかイカが!」「なんとかウオが!」
と教えてくれ、二言目には「一緒に海に行こうよ!」と誘ってくれるのだが、いかんせん私はカナヅチだもんで、断り続けていた。
親でありながら、私がカナヅチだということを忘れてしまうのも母らしい。

母はそのうち一人で沖縄やグアムに行き、訪れた海で友人を作りダイビングを楽しんでいた。

突然の電話

だから、だった。
だから、今回の旅先をフィジーに選んだ。
私が病気になって、下手くそながらも励ましてくれた母にお礼がしたかった。
ダイビングに付き合ってあげることはできないが、ただただ美しい海で思いっきり泳いでほしい。潜ってほしい。なんとかウオやなんとかエイと戯れてほしい。
これは、病気になって心配をかけてしまった罪滅ぼしのつもりでもあったのだ。


シュノーケリングを存分に楽しんだ母が翌日挑戦したのはダイビングだった。

前日溺れてしまった私は海に近づくこともなく、ホテルの部屋のテラスで、波の寄せる音をBGMに読書をしていた。
母はというと、ダイビングにひとり出かけていた。
日本人観光客も日本人スタッフもいないなか、日本語しか喋れない母がひとりでダイビング。大丈夫なのか、と少しの心配もありつつ。

母が出かけてどのくらい経った頃だろう。
部屋の電話が鳴り響いた。

嫌な予感。
慌てて部屋に戻り受話器をとると、向こうから男性が英語で何か話している。

「娘さん?お母さんのことで聞きたいことがあるから、今すぐ来れる?」

私は、読みかけの本をベッドに放り投げると、急いで部屋を飛び出し、ビーチのそばの小屋へと向かった。

一体、母に何があったのだろう。

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