僕と君 9 追いかけてね
とにかく君は、逃げるのがすき。
君が生まれてから
僕はいったいどのくらい君を追いかけているんだろう。
今日は動物園にやって来た。
なのに君は、どうぶつなんてちっとも見てなくて
坂道を転がるように、走っていってしまうんだ。
ね、普通そこは、不安になるところだよ。
パパはいるかなって、ちらっと振り返るでしょ。
でも君は、まっすぐ前を向いたまま、どんどん坂を下りていく。
僕が追いかけてくるって信じているから?
それとも、目の前のことに夢中になっているから?
見失ったら誰かに連れていかれてしまうから
ぼくは必死に追いかける。
あの日のように。
*
考えてみたら、逃げるのは君の癖だったね。
君と僕がつき合い出してまもなくの頃から
ちょっと言い争ったり、機嫌を損ねると
君はいきなり走って逃げるんだ。
どんな混雑した街中だろうが
迷ったら困る山道だろうが、お構いなく。
いちど面倒になって、追いかけなかったことがある。
君は拗ねてしまって、機嫌を直してもらうのにすごく時間がかかった。
「どうして、あの時、追いかけてくれなかったの?」
だって、急にだよ。
あの時、僕はすごい量の荷物を抱えていたんだ。
それも、ほとんどが君の買い物だよ。
しかも、君は高校の時、短距離の選手だったじゃないか!
男女差を考えるより、ハンデほしいだろ。
「追いかけなかったら、恋は終わっちゃうの!
女の子は追いかけてもらいたくて、逃げるんだから」
君のその言葉が、なぜか胸に沁みた。
それから僕は、何が何でも君を追いかけることに決めたんだ。
背中に「追いかけて」って書いてある紙が見えるんだ。
逃げながら、つかまえてもらうのを待っている。
僕が恋人になってからは、路地には逃げ込まない。
スプリンターにふさわしく、直線を選んで走る。
時折君は振り返る。よくよく見ると、そこで足踏みをしてるんだ。
*
でも、ママと違って小さな君ときたら
僕の存在なんか忘れて、全力で走るんだよ。
思い出すのは、きまって転んだ時だけ。
ひっくり返ってしばらく動けない君は、むっくり起きて
やっと僕を振り返った。
あれ、パパ、どこ?
いつか自分の本を作ってみたい。という夢があります。 形にしてどこかに置いてみたくなりました。 檸檬じゃなく、齧りかけの角砂糖みたいに。