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#恵比寿の月

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夜の街に向けてシャッターを切る。 揺れて落ち着かないブレた画面。
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#恵比寿

#恵比寿の月12

夜のにぎやかな街は、色であふれている。 ほら見て、とばかりに カラフルな灯りが、揺れて自己主張する。誘いかける。 君は待ち合わせ場所にぽつんと立っていた。 喧嘩したから今夜は来ないだろうと、俺は遅れて着いた。 たとえ何時間待っていたとしても、素知らぬ顔して 「待ってたわ」なんて言わないね、君は。 その癖、人一倍さみしがり屋で、涙を隠している。 わかっていて、俺は放置しておく。 目が合えば、互いに謝ることもなく、ただ手を繋ぐ。 君が言う。 私が途方に暮れるほど、あなた

#恵比寿の月11

酔ったかな。 視界が揺れる。カメラがブレル。 坂道を転がるように、君の背中が揺れ動く。 夜の街、ただただあちこちでシャッターを切っていると いつのまにか、君とはぐれてる。 さっきあの角を曲がったのを見た。その先はわからない。 まあ、いいか。 運命というものがあるなら、また会える。 あいつはいつだって自由にどこかに行く。俺もそうだ。 写真を撮るやつらは、みんなそうだ。 好き勝手に散らばって自分の世界に入り込んでいく。 気が済んだら、また集まる。 暗黙の了解。それが心地い

#恵比寿の月10

車のウィンドウに映る、夜乃列車  光のラインは白い貨物車両になって、カーブを切る。 斜め45度に狙いを定めて弓を引けば、いつしか空の果て 上空ではブーメラン型のカモメが迎えてくれる。 羽をもらったら、水面すれすれに滑空して、またここに戻っておいで。 春になったらその白い背中に乗って、花びらと共に舞い降りるんだ。 くる、くる、ぐる、くるり。

#恵比寿の月9

夜毎チェスを楽しむ輩が出現するそうだ 今夜も夜も更けて来る頃 カチリとしたグラスの氷の音だけが聞こえてくる。 とうとう小さなチェス盤じゃものたりなくて チェステーブルを特別注文したんだろうな その勝負はいつから始まったんだっけ いつともしれず、いつ終わるともしれず キャッスリングという名で、王様を守ったつもり つめたいクイーンのまなざしで、敵を蹴散らしたつもり 毎晩グラスを空けながらの勝負は、永遠に続いていく さあ、いつ聞けるんだ チェックメイトの掛け声は いつま

#恵比寿の月8

釣り針はやはりJの形 こっちにおいでと引き寄せる かさかさと掻きよせられて 揺れて織り成す光 折り重なる光 それは糸に似て 襟元をひとさしゆびで、ぐっと捕まえたなら いちばん近くに体温を感じてしまう 先に釣られた方が魚の役目 針をはずすまで、君はじっとしていて

#恵比寿の月7

夕闇、宵闇、口ずさむ呪文のよう。 ゆうやみ、よいやみ、平仮名にすると甘ったるくなる。 落ちていく陽と 昇っていく月が シーソーに乗ってるみたいに バランスを取って。 まるで、流し絵の具みたいに ♩が行進する。 はりきって誘いかける音符 ここに似合う音楽は何。 そっと腕を組んでくる君は いつものように悪びれることもなく、甘えた目をする。

#恵比寿の月6

ガーデンプレイスを照らす灯が、模擬月 天井から誰かが吊るしているから、ちょっと震えてる  いや、そのカーブは ちょうちんあんこうが燈した光にも似て 実はここは、深い深い海の底 底知れぬ闇を照らす、海の月の代わり ふと現れたのは 深海に沈む、かつての神殿なのかもしれない 道理でさっきからうまく進めないんだよね まるで、水の中に身体を囚われたように 今朝見た夢の中で、ひたすら君を追いかけたように

#恵比寿の月5

酔うとアイス、食べたくならない? 彼女が聞く。言われるとそんな気になるね。 宇宙ロケットみたいな、アイス屋の看板が光ってた。 乗組員、準備はいいですか。クレープ号発進します。 いや、それとも、肩に担いで 俺ごとマリンロケット、夜空に打ち込もうかな。 寓話のつもりで、熱こめて話してたのに 呆れたような君の視線がイタイ。 チョコレート、口の周りにいっぱいつけた奴に そんな目で見られてもな。

#恵比寿の月4

彼女が言う。 腕時計をするのが、拘束されてるようで 嫌になったのは、いつからだったかな。 急に重さを感じたんだ。人との関係と同じに。 だから、はずした。私はあなたの物じゃない。 なのに、誰かに囚われたくなる矛盾。 まだ8時だ。帰さない。 私もわからないの。 迷っていても、ここにいて。

#恵比寿の月3

写真展を見終わって、気に入った1枚について語り合う。 それは、偶然にも同じ写真のことであって 俺たちは、何度もその前を行き過ぎた。 他の写真を見ても、そればかり気になって また舞い戻ってしまう。 それは雪の写真だった。 ただ静かに道に降り注ぐ、白くぼぉーっとした点。 * いつものビアガーデンで 二人して黒ビールでほろ酔いになり、外に出る。 見上げた空には、月だ。 今夜は満月。 群青の空に吸い込まれてしまいそうな、まるい形。 「心許なくなるね」と、君が言う。

#恵比寿の月2

長い通路の床タイルに、光が射し込む。 駒を置きたくなるような、白と黒の交互の模様。 大きなチェス盤のよう。 今日はまるで夏の光だ。だが、風が心地よい。 光のラインが落とす、光の影の遊び。 揺れるたびに、動かされる気がする。 なあ、この模様、あれだ。おまえの「のり弁」にそっくりだ。 もうムードないんだからぁ。台無し。 市松模様とか、言えないの? 君がすねてフクレル。今日も面白い顔だな。

#恵比寿の月1

いつかの月、恵比寿の月。 俺は、月までの距離を想う。 写真美術館で待ち合わせた。 あいつはいつだって遅れてくるから 日差しを避けて、扉のこちら側で待つ。 まだ開店前のBarが透けて見える。 あのジャケットの曲、どんなだっけな。 早くも酒瓶が振られる夕闇の時間を 写真展を見た後のことを考えてしまう。 焦って走ってくる姿が ガラス越しに見えて手を振る。 どっから走り始めたんだろう。 精々50メートル先か。