先輩! 相変わらずしょうもない顔してますね!


「先輩は優しいですよね」
「いい人のふりしてるだけだよ」
「いい人のふりしてる人はそんなこと言いませんよ」
「いや全然言うけど」
「言いません」
「めっちゃ押すじゃん。俺、めっちゃ自分勝手やし。なんか期待されても困るだけだわ」
「期待はしませんよ。でも信頼はしてます」
「普通に裏切るからそのつもりでいといて」
「先輩は、私のことを裏切ることはあっても、先輩自身を裏切ることは絶対にしませんよね」
「んー。まぁそれはそうかも」
「じゃあ、私が先輩のことを誤解していないうちは、私は先輩に裏切られることはあり得ないわけです」
「それはおかしくない?」
「勝手に信じて勝手に裏切られた気になったりしなければ、先輩は私が好きな先輩のままでいてくれます」
「いやいや。人は変わるよ。びっくりするくらいあっさりと」
「その時は私が、先輩の変化について行けばいいだけのことです」
「めっちゃ簡単に言うじゃん」
「私の覚悟を簡単なんて言わないでくださいよ」
「はは……」

 恋をして弱くなる人もいれば、強くなる人もいる。私の場合は、後者だった。
 もともと、あまり自分の意見を言わない人間だった。でも頭の中はぐちゃぐちゃで、いつも強い言葉を言いたくて仕方なかった。笑顔を浮かべることで、自分の強い心を押しとどめるようにしてきた。周りの求める自分を演じてきた。しっかり者で、誰にでも優しくて、人当たりがよくて。頭はいいけど、決して傲慢ではなくて。何があっても自分で自分のことを褒めたりすることはなく、相手が欲しがっている言葉を、積極的に口に出してあげることができる、そういう人間をずっと演じてきた。
「貴島ちゃんさ、今日、イライラしてるでしょ」
 その人は、友達に誘われて入ったボードゲーム部の先輩だった。
「はい?」
「なんか嫌なことあった?」
 私はいつも通り、笑顔で返した。
「別に大したことじゃありませんよ」
「あ、やっぱりあったんだ。ってか、面白いね。態度では嘘つくのに、言葉では嘘つかないんだ。何考えてるか、分からないようで、意外と分かりやすいね。今『しまった』って思ってるでしょ」
「何のつもりですか」
「いや、暇だからさ。今日、他の連中来ないみたいじゃん? っていうか川俣ちゃんどうしたん?」
「あーちゃんは補習です」
 先輩は笑った。
「あの子、ちょっとアホやからなぁ」
「普通に赤点取ってますからね」
「マジか。進級大丈夫なん?」
「そのための補習ですよ」
「んで、なんで苛立ってるんだっけ? 貴島ちゃん」
「もう苛立ってませんよ」
「俺と話したから?」
「そうですね」
「あら意外と素直」
「なんか、先輩って、全部口に出しちゃいますよね。思ったこと。それがうつったんですよ」
「いや、俺全然思ったこと言わんけど」
「言ってますやん」
「言ってませんやん」
 その時には、自分が何でその日苛立っていたのかも忘れて、楽しく二人でずっと喋って時間を過ごした。二学期の半ば、その日初めて先輩と連絡先を交換した。
 近づくのは一瞬。好きになるのも一瞬。それまでの約半年間、なぜ自分がその人のことを何とも思わないでいられたのか不思議に思うようになる。他のことは、全部どうでもよくなる。ただその人と一緒にいるために、自分に何ができるか全力で考える。恋に現を抜かしていると思われるのも嫌だったし、むしろその恋を全力肯定したいから、今まで以上に色々なことを頑張った。勉強も、それまで以上に力を入れて、期末では学年で十位以内に入ることもできた。
 友達に対しても、これまでよりも本音で話すようになったから、距離を縮めることができた。嫌われてしまうことも増えたけれど、でもちょっとした嫌味くらいは何とも思わなかった。いやむしろ、嫌なことがあれば、先輩にそのことを愚痴る口実ができる。どんなことも、部室に行けば、全部楽しさに変わる。恋というのは素晴らしいと思った。

「なぁ――。貴島ちゃんのこと、お前どうすんの?」
「どうするって、何が?」
「付き合わんの?」
「んー。どうだろうなぁ……」
「そういう態度よくないと思うで」
「なんで?」
「なんでって……いや、そういう宙ぶらりんの態度って、かわいそうじゃん。貴島ちゃん、いくらメンタル強いって言ったって……」
「なんかよく分かんねぇんだけどさ。そもそも何の話? あいつが俺のこと好きだとして、付き合いたいと思ってるとして、お前とは関係ないし、俺とも関係ないだろ」
「いや関係なくはないだろ。部員のことだし、お前らいつもイチャイチャしてんだから、なんか見ててもどかしいんだよ」
「イチャイチャ? 普通にしゃべってるだけだろ。お前はいったい何言っているんだ?」
「――はさ、なんつーかさ。お前、ゲイなん?」
「いや? 女の子大好きだけど」
「貴島ちゃんのこと、どう思ってんの?」
「面白いよね」
「女として、だよ」
「んー? いい子だと思うよ」
「恋愛対象として、どうかって聞いてんだよ」
「恋愛対象ってなんだよ。セックスの相手ってこと? 意味分からん。それとこれとは別だろ」
「ダメだ。話が通じない」
「こっちのセリフだわ」
 先輩は相変わらずだな、と思いつつ、私は堂々と部室の扉を開ける。
「めっちゃ聞いてますけど私!」
「うわ」
「あ、貴島ちゃん。よっす」
「よっす先輩」
「あー……あ、あのさ。貴島ちゃん的には、こいつのこういうところ、どうなん?」
「そういうところも含めて、ですよ」
「俺は――が羨ましいよ。かわいい後輩にこんなに好かれて」
「俺がお前の立場でも、多分羨むよ」
「お、デレてるんですか?」
「単なる事実を述べたまでだ」
「かっこつけやがってよ」
 私は先輩のかっこつけの真似をしておどける。
「単なる事実を述べたまでだ……フッ」
「俺、そんなかっこつけてないけど」
「いや、こんな感じだったね。貴島ちゃんモノマネうまい」
「私先輩の真似なら大体なんでもできますよ。『キジマァ、お前、面白い女だな……フッ』」
「俺、フッとか言わないんだけど」
「フッフッフッ」
 ひとしきり三人で笑った後、田場先輩の方が私に問う。
「もうこの際聞いちゃうけどさ、貴島ちゃん的には、こいつの態度はこのままでいいの?」
「いいと思ってます。っていうか、私は墓まで先輩について行くんで、これくらいの距離でちょうどいいんですよ」
「俺が他の子のこと好きになっても?」
「その時には無理やり既成事実作って法的に拘束させていただくんで、そのつもりでヨロシクです」
「こわ」
「貴島ちゃん、それどれくらいガチなの?」
「その時になってみないと分かりませんね。でも正直……先輩は元々倫理観終わってる人なんで、私も倫理観終わっていこうと思って」
「やっぱりお似合いだわ」
「俺、全然倫理観しっかりしてるけど」
「それはお前の独特な世界観での話だろ」
「先輩の真似しまーす! 『俺が間違ってるんじゃねぇ。世界が間違ってるんだ……フッ』」
「俺そんなナルシストじゃないんだけど」
「いやお前はナルシストだろ」
「先輩は完全ナルシですね」
「マジか。覚えとくわ」
「明日になったら先輩まず間違いなく忘れてますよこれ」
「そうだろうなぁ」
「記憶力が悪いのは仕方なくない?」
「記憶力の問題じゃないと俺は思う。お前物覚えめっちゃいいし。ボドゲのルールも説明書ちょっと読んだだけで覚えるじゃん」
「好きなことはすぐ覚えられる」
「なんだかんだ私の誕生日も覚えてましたしね。あ、好きな子のことですもんね? あちゃー」
「それは君がめっちゃしつこくアピールしてきたからじゃん。正直忘れたくても忘れられなかったんだよ」
 私は田場先輩に目を合わせて、ニッコリ微笑む。
「ね? こういうことなんですよ。この距離をね、維持することによってね、いなくなると困る女になっていくんですよ私は」
「俺は個人的に、貴島はそのうち俺に飽きるんじゃないかと思ってる」
「まぁ、その場合困るのは先輩であって私じゃないんで?」
「なんか……貴島ちゃんのこと心配して損した気分だわ俺……どっちもどっちじゃん」
「いやいや。田場先輩。いい感じに先輩の私への印象よくしといてくださいよ。協力していきましょうよ」
「えー……」
「十分印象いいから、意味ないと思うよ俺」
「それ自分で言います? っていうか印象いいなら付き合っちゃいましょうよ」
「めんどい」
「だぁ! また振られた!」
「もう結婚すればいいんだよお前らは……なんか頭いてーや」



 こういうコメディめっちゃ好きなんだけど、あんまり世に出回ってないよね。
 めっちゃ押し強い女の子と、照れもしないし拒否りもしない落ち着いた男、みたいな。んで、もちろん恋は一切進展せず、仲のいい先輩後輩のままずっと進行していく、みたいなの。
 なんだろう。陳腐なラブコメみたいには決してならないんだけど、互いへの信頼と好意だけははっきりしてて、親友みたいな関係のままくっついていく、みたいなの、すっごい憧れっていうか「はぁ~~~」ってなるんだよね。

 っていうか今気づいたんだけど、気づいたっていうか思い出したんだけど、私の好きなタイプの男性ってこんな感じだわ。頭よくて、自分の世界がしっかりしてて、結構敏感だし自意識も強いから他人の好意にもよく気が付くんだけど、返報性みたいなものが一切効かなくて、ツッコミがうまくて、意外と優しくて、平気で人の意見否定してくるけど、そこには敵意が一切含まれてなくて、あくまで全部コミュニケーションの一部というか。
 ちょっと天然っぽいんだけど、歪んだ部分は全然なくて、どれだけイジられても全然不機嫌にならなくて、いやでも不機嫌になってるときは普通に自分が不機嫌になってることを表現して、相手に態度の修正をはっきりと言葉で求めるみたいな強さもあって、こう、なんていうか、いつでも落ち着いていて、かっこよくて、でもちょっと変で、抜けてる部分があって、ちょっとダサい部分もあって、みたいな!

 まぁ、小中学生の時に妄想してたアレなんですけどね。ずいぶん、そういうの忘れてたなぁと思って。試しに書いてみたって感じなんだよ。無理やりキスして嫌がられたい。雑になでなでされたい。微妙にかみ合わない互いの気分、みたいなのを楽しんでいたい。
 「しゃあねぇなぁ」の精神で、かわいがってもらいたいし、かわいがってやりたい。ああ~~~~~

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