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ふたりで映画【会話劇】

真子「海って、映画よく見に行くの?」
海「うん。たいていひとりで見に行くかな。誰か誘うことも少なくないけど……でもあんまり大人数で見に行ってもうるさいというか、ひとりで考えたいなぁって時が多いから。ひとりっていうか……ちゃんと考えたい、っていうのが本当のところかな。ほら、面白かったかどうかでしか感想言えない人っているじゃん? そういう人とは、あんまり一緒に見に行きたくない」
真子「ほーん」
海「真子は? 映画よく見に行く?」
真子「ひとりで見に来たことはないなぁ。友達に誘われたら喜んでいくけど。あぁ、あと、どうしても見たいのがあるときは借りてきてテレビ画面で見たり、あとサブスクしてるアレで見たり。そんな感じかな」
海「映画を見てさ、深く悩んだりすることある? 現実と結び付けて考えたり、自分だったらどうだろう、とか……」
真子「少しは考えるよ。でも、次の日になったら忘れちゃうし、実際今、そういう風に強く影響受けた作品何かあるかなって思い浮かべても、何も出てこない。一番心に残ってるのが、小学生の時親同伴で友達と一緒に見に行って大号泣した子供向けのアニメ映画、とかだもん」
海「じゃあさ、今回は私に合わせて欲しいんだ。何から何まで悪いけど」
真子「いいよ。でもあんまり期待しないでね。私、海ほど頭よくないから」
海「私だって、そんな天才的ってわけじゃないよ」



何の映画見に行ったことにしようかなぁって思ったけど、今最初に思い出したのが『グリーンブック』だったから、それで。ネタバレ込みになるけど、まぁ……
あらすじ引用。

時は1962年、ニューヨークの一流ナイトクラブ、コパカバーナで用心棒を務めるトニー・リップは、ガサツで無学だが、腕っぷしとハッタリで家族や周囲に頼りにされていた。ある日、トニーは、黒人ピアニストの運転手としてスカウトされる。彼の名前はドクター・シャーリー、カーネギーホールを住処とし、ホワイトハウスでも演奏したほどの天才は、なぜか差別の色濃い南部での演奏ツアーを目論んでいた。二人は、<黒人用旅行ガイド=グリーンブック>を頼りに、出発するのだが─


真子「いい作品だったと思う。ノンフィクション映画、あんまり見たことなかったけど、なんかこう、いいな」
海「人種差別っていうものが実際にどんな感じだったのか、本当にこの映画通りの感じだったのかは分からないけどね。でもさ『俺の方が黒人みたいだ』というセリフとか、それに対して疎外感や孤独を感じて感情をあらわにしてしまうシーンとか、何というか、どちらの言っていることも心の底から出てきてる感じがするし、それでぶつかり合っても、そのまま関係が続いていくって言うのは、人種とか関係ない、男同士の美しい感情だなぁって思う」
真子「あと、こんなこと言うのはなんだが……シャーリー自身も、やっぱり黒人に対して、多少の差別意識はあったのかなぁって思うんだ。自分が黒人だからっていうことではなくて、黒人として、差別されることに慣れて諦めて生きている人たちに対する失望というか、軽蔑というか」
海「どうだろうね。でも多分、シャーリーはもっと広い範囲に失望や軽蔑を抱きつつ、偉大なピアニストとしての自分を演じ続けていた、みたいな感じがする。映画としてよくできていると思う最大の点は、多分モデルとなった人自身の性格が、かなり演技的なものがあったというか、演技的でないと成立しない人生を歩んできたというか……そういう設定だから、映画にしてもそこに類まれなリアリティが出てくるんじゃないかと思ったんだ。何というか、個人的な感情を押し殺して、求められる自分を演じなくてはならなかった天才的な黒人ピアニストとして、人種差別の問題と、正面から向き合うふりをしなくてはいけなかった。だってそれは……彼自身の人生と密接に結びついてはいたけれど、あまりに……」
真子「実際、手紙のシーンもなかなかに暗示的だったよな。あと、トニーは頭が悪くて嘘つきで不誠実なところもあったけど、愛情とか、人を大切に思う気持ちに嘘偽りはなかったよな。ムカつくシーンは多かったけど、憎めないヤツだと思った」
海「そうだね」
真子「海はトニーについてどう思った?」
海「正直、あまり……平凡ではないと思うけど、でも何というか、あんまり魅力を感じなかったな。シャーリーの気持ちの方ばっかりが気になった」
真子「海は自分が演技的だと思う?」
海「演技的、かぁ。まぁ少なからずそういう部分はあると思うよ。でも何というか、この映画におけるそういうアレではないと思う。シャーリーは、求められる自分でなくてはいけなかった。ピアノを弾いている時はきっと、彼自身だったんだろうけど、それ以外の時は、立派な紳士を演じなくてはいけなかった。私の演技性は、ただその……前も友里と話したときにそういう話になったんだけど、自分自身というものがあまりに不明瞭というか、ぼんやりしているから、それをごまかすための演技性であると思う」
真子「よく分かんないんだけどさ、そうやって考えたり悩んだりしてるのは、お前の意思とか人格じゃないの?」
海「たとえば『普通』と比べたらそうだろうね。だって、普通の人も悩むには悩むけど、私みたいな悩み方はしない。そもそも私は楽観的だし、自分のことが分からなくたって構わないと思ってるし。もっと言えば、自分自身がない人間であったって『それが何なの?』で済む話だと思ってる。そのうえで、せっかくだから悩んでみようと思って悩んでる」
真子「苦しくないの?」
海「人生しんどいこととか苦しいことたくさんあるけど、そんなの目を背ければなかったのと同じになる。その時間さえ耐えて、後で振り返ってみれば、大したことなかったなって思える。だから私、努力とか、我慢とか、全然嫌じゃないし、慣れちゃってる」
真子「……じゃあお前、もしかしてさ、あらゆる人付き合いをそういう風に捉えたりしてない? いや、お前が人との会話を楽しんでるのは分かるけど……お前の楽しみって常に、努力や我慢と一体化してて、そういうのを取っ払った、気楽な楽しみ、みたいなのってないじゃない? もしかしたら」
海「うーん。他の人からしたら、そうかもしれない。映画だって、真剣に見て、真剣に考えないとつまらないと思ってるし、人との会話だって、その内容がくだらなければくだらないほど、その会話における人間関係の構築だとか、心理的誘導だとか、そういうことを企てて成功させる方が面白いと思ってる。なんか、何も考えずぼーっとしていることを、楽しいと思ったことがない」
真子「やっぱお前は、どこかおかしい気がする。別にそれは悪いとか、直した方がいいとかは思わんけど……なんだか、根本的な部分が私とは違う生き物である気がする」
海「思うんだけどさ、でもそれはりっちゃんも同じことじゃん。あの子だって、私と真子との違いと同じくらい、私からも真子からも離れてる」
真子「……でも私は、理知の考えていることというか、理知が気にしていることが何なのかは分かる。私は理知にはなれないけど、理知のように生きている自分を想像することはできる。何というか、私は理知と、ある一定の理想を共有しているというか、人としてのあるべき姿、みたいな前提が一致しているから、私と理知の違いは、単に理知の方がよくできた人間ってだけなんだと思う。いやもちろん、理知には私にはない欠点もあるから、上位互換ってわけではないけど、でも、理知という人間は、私には理解できるし、それほど遠く隔てられた感じはしない。友里もそうだ。友里も、どこか壊れてる部分はあると思うけど、私と重なる部分も多いし、その私が壊れてると感じる部分、つまり異なる部分自体も、好意的に見ることができる。でも海に対しては……そういうのがあんまりない。分からないんだよ。感覚的に、何もかもが」
海「でも私は、真子がだいたい何を考えているのかは分からなくはないよ。どう感じて、どう生きようとしているのかは、分からなくはない。他の人たちと比べて、何か特別な気質というか、資質というか、欠陥というか、そういうものは感じない。ひどいことを言われれば怒るし、優しくしてくれれば、嬉しく思う。なんだろう、私にとって真子は、よくできた常識人だよ」
真子「非対称なんだろうな。やっぱりお前は、どこか私とは違う人間なんだと思う。私には感じられないものを感じているというか……そもそも、人生の中で欲しがっているものが根本的に違いすぎる」
海「私は楽しいことが好きで、楽しく感じられるなら何でもいい」
真子「苦しみや痛みへの感度があまりに低すぎるのかな」
海「そういうところもあると思う」
真子「でも私には多分……そもそも、海は喜びや幸せへの感度も低いんじゃない? だから……どこか、いつも不満気というか……いやでも、そういうことじゃないような気もする」
海「私ってそんないつも不満気かな?」
真子「自分自身に不満を持つから人って悩むんじゃないの?」
海「そうかなぁ。ただ悩むことが楽しいから、悩むってこともあると思うけど」
真子「その感覚が私には分からない。多分、理知や友里にも分からないと思う」
海「悩むことが楽しいというのが分からない、ということ? それとも……」
真子「悩むことは苦しいしつらいから、避けたくなっちゃうけど、あえて向き合うことによって、だんだん楽しくなってくる、というのは私だって理解できるし、海や理知に教えてもらったことでもある。でも自分からわざわざ悩みを増やしたいとは思わないし、結局のところ悩みの原因は、悩みを求めているからではなくて、悩みが必要だからでしょ? 必要がない悩みを悩んだり、できないでしょ?」
海「うーん。もしそれが私にも適用されるなら、確かに真子の言う通り、私は自分自身に対してたくさんの不満を抱いていることになると思う。自分自身だけじゃなくて、周囲の人間にも。でも、周りに不満を抱いたって仕方ないし、それを解決するなら、行動で何とかするしかないし、私は人付き合いの中で簡単に変えられるものは、もうさっさと変えちゃう人間だからさ。実験と結果と、経験で何とかうまく動かせるからさ、不満がっても仕方ないなぁって思うんだ。もっと実利的に動かないと、って」
真子「その生き方自体に不満なんじゃないの?」
海「どういうこと?」
真子「そういう生き方自体が、海にとって退屈だってことなんじゃないの。自分が上手に動き過ぎてしまうこと、簡単に実験がうまくいってしまうこと、そういうことに、退屈を覚えているんじゃないの? 思い通りにできないことが少ないことに、苛立ってるんじゃないの?」
海「ふぅむ……」
真子「だから、私みたいな人に合わせるタイプの人間、つまり相手が求めている関係や言葉を引き出すことのできる人間が、退屈で仕方ないから……多分さ、海がその気になれば、私の行動とか思考なんて、勝手に誘導されちゃうんだろうなぁって私は思うよ。友里や理知は、逆に海がどんだけ頑張っても、思い通りにはならないと思うし、珠美ももしかすると、そういう部分があるかもしれない。でも私は多分……」
海「なんだかちょっと、気持ち悪くなってきたな」
真子「私はずっと気持ち悪いよ」
海「え、そうなの? ごめん」
真子「そういうところは分からないんだ」
海「……難しいな。私、もしかすると人間っていうものを実際よりも単純に捉えてたのかも。分かったつもりになってたのかもしれない。真子のことも、他の子のことも」
真子「どうだろうな。意外と人間って、単純なところもあるし。まぁでも、私はもう今日は考え疲れたよ。あとはひとりで考えてくれ」
海「あぁ、うん。付き合ってくれてありがとう。助かったよ」
真子「どういたしまして。また必要になったら言ってくれ。私の方に余裕がありそうなら、できる限り付き合うよ。私は海のこと、あんまり……あんまり親しくは思えないけど、でも友達ではいたいと思うし、大切にもしたいとも思う」
海「うん。ありがとう。嬉しいよ」


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