パチンコ女と書く理由

 パチンコ。
 儲からないことなんて最初から分かってる。そもそも私はお金になんて興味ない。
 そこに行くのは、ただ自分を忘れたいから。

 静かな部屋でチクタクと時計の音が聞こえてくるのが不愉快だから。
 自分のため息が聞こえるのが不愉快だから。
 空しくなるのが嫌だから、騒音で何も聞こえなくするしかないのだ。

 ただ私はその日の運を試しに行くだけ。勝てれば嬉しい。普段なら諦めるような高いご飯も食べられる。負ければ、いつものこと。別に気にするようなことじゃない。日銭だから、ちょっと腹空かせて眠るだけ。

 人生は退屈で退屈で仕方がない。男遊びも一通りやったつもりだけど、やっぱり怖いものは怖いから、ヤバいやつとは結局一度も関わらないまま。そんなに危険への興味の強い人間でもない。そもそも、痛いのは嫌だし、ピアスとかだって、友達に誘われたから仕方なく開けたけど、本当は嫌だった。


「いつまでぶらぶらしてるつもりなの? 結婚とか、するつもりある?」
 母親は興味なさげに電話越しにそう言った。
「うーん。そのうち」
 いつものように気のない返事。
「タイミング逃すと大変だよ」
「今更でしょ」
 切る。そう。私はそもそも、産まれるタイミングが違ったんだと思う。空は灰色だ。「誰もが、かもな」と思った。こんな腐った空気を吸って生きてたら、みんな腐ってく。いいじゃないか。皆で、地獄に落ちれば。

 本気でそんなことを考えながら、リズミカルな足取りでパチ屋に入った。


「生きていくのはつらい」
「死にたいと思ったわけじゃない。ただ、私は死ぬべきなんじゃないかと思ったのだ」
 ネットサーフィンをしているときにたまたま見ていた記事に、そんなことが書いてあった。
 最初は、ちょっと分かるなと思ったけど、読み進めていくと「違うな」と思った。理屈じゃないけれど、何となく、これは違うなと思った。
 私の知っている世界じゃないし、関われる世界でもない。見ている景色も、歩いている道も違う。

 ただいつものように玉を眺めて手を動かすだけ。誰でもできること。楽しくて、時間が勝手に過ぎ去ってくれる。人生が早く終わればいいと思ってる。自殺なんて、めんどくさい。なんでそんなことを考える必要があるのか理解できなかった。死ぬべきだからといって、わざわざ自分で死ぬ必要なんてないじゃないか。本当に死ぬべきなら、さっさと死神でも神様でも、私のところにやってきて殺してくれればいい。そうじゃないんだから、好きなように生きていたっていいでしょ? どんなにくだらなくたって、つまらなくたって、生きていたっていいでしょ? なんであの子はあんなに苦しんでいるんだろう。

 財布がすっからかんになって、帰途に就く。ため息は通り過ぎるトラックの排気音にかき消された。誰もがため息をついている。誰もが、己の惨めさを嘆いてる。それでもみんな、自分が生きていてもいい存在だと信じて生きている。
「別にいいでしょ? 何が悪いの? 私、誰にも迷惑かけてないけど」
 空に向かって呟いてみる。あの子に届けばいいのに。きっとあの子は、周りの人間が皆真剣に生きていると思い込んでるんだ。実際はただ、その場限りの楽しみをそれぞれ楽しんでるだけなのに。
 人に誇れるような楽しみがあるか、誰にも誇れない楽しみがあるかの違いでしかないのに。そんなの才能と環境っていう偶然によって左右されることなんだから、別に気にしたって仕方ないのにね。

 はぁ、考えるのは疲れるな。はは。これでも、影響されちゃったのかもね。まぁいいや。洗濯物取り込まないと。冷蔵庫には冷食が残ってたはず。
 スマホゲーの日課もやらないといけないし。頭なんて使ってる場合じゃないね。

批判者(以下ヒ)「なぜお前はこんなものを書くんだ?」
「私は、私以外の人の心をただ見るのが好きだから」
ヒ「普段疲れるとか言ってるくせに」
「疲れるのは、分からないからなんだ。それがどれだけありきたりでつまらないものだとしても、それが物語であるならば、怖いことは何もない」
ヒ「つまりお前の創作は、お前の臆病さに起源があるわけなのか」
「他にも理由はある。純粋に、自分の幅を広げたい。自分の書けるキャラクターを増やしたいから、とりあえず書いてみてる。それがいいか悪いかは、知らない。でもせっかく書いたのだから、投稿してみてる。多分『しょうもな』って思われてるけど、いいじゃん。私はプロじゃないし、プロになれないし」
ヒ「で、そんなこと思いながら、こんな風に自分の本心すらひとつの虚構にしてしまおうとするわけだ」
「それの何がいけないの? というか、こっちの方が面白いでしょ? 知らないけど」
ヒ「お前が感じる『面白さ』は歪だ。他の人間には分からんよ」
「私はいつか伝わると思ってる。というかさ、普通さ、今まで見たことのないような珍奇なものって、ただそれだけで本来面白いものだよ。ちゃんと見ることが出来れば、ね」
ヒ「人は見慣れたものを好ましく思う」
「ううん。そういう人が一定数いるだけだよ。それよりは数が少ないかもしれないけど、珍しいっていうだけで、それに価値を見出す人だっている」
ヒ「醜いものや汚いものにも?」
「そうだろうね。でも私は私のこれをそういう風には思わない。私は自分の心が綺麗だと思っている」
ヒ「それは勘違いだと思わないのか?」
「美なんて、本質的に全部勘違いなんだよ。だから、勘違いでいいんだ。私は私の勘違いを主張していたい」
ヒ「醜い人間が『私は美しい!』とずっと主張し続ける姿は見苦しいぞ」
「ううん。それをずっと続けているとどうなるか、想像してごらん? そのうち『ある意味ではそうかもな』なんて思われるようになるから。ま、私は醜くないから、関係ない話だけどね」

ヒ「結局お前は何が言いたかったんだ?」
「私が言いたいのは、こういうことなんだよ。私はパチンコなんてしたことないし、興味もない。そんなものにハマる人間の気持ちが一切理解できない。想像もできない。でも書くことはできる。それで人を騙すことも、多分できる。誰でもできることかもしれない。でも、そうだね……たとえばさ、実際にパチンコに通ったことのある人がこういう話を書くなら、本当にどこにでもあると思う。知り合いに、パチンコ通いの人間がいても、同じだと思う。でも私の知り合いにはひとりもそんな人はいない。いても、きっと隠してる。そんな環境で育った人間が、こういう話を書くというのは、とても珍しいことなのではないかと思って」
ヒ「読んでいる側はそんなこと気にしないぞ」
「だから、こうやって悪ふざけしてるんでしょう? 私がどういう人間か、あなたと私の会話を見せることで、分かるようにしてる」


「私はこれを読んでいる人間が混乱することを望んでいる」
ヒ「混乱?」
「そう。たとえば、そうだね……『この会話の中で描かれている姿すら、この子の嘘であり、演技なのではないか?』と、読んでいる人が思ってくれたら、すごく嬉しい」
ヒ「それは正しいのか?」
「半分くらいは? そもそも私の本性というか、実態は……言葉にはできないよね」
ヒ「普通過ぎるんだろ?」
「そうだよ。私はどこにでもいるような顔をしているし、どこにでもいるような態度で生きている。できれば、私みたいな人間がこの世にたくさんいればいいと思ってる。私みたいに、こんな愚行をしている人間が無数にいればいいと思ってる。時々目が合って、ニヤっと笑えたらいいなぁと思ってる」
ヒ「いたか?」
「見つからないね」

「さて最後に、あの人の言葉を借りてこよう。これがどの賢者の言葉か、当てることができるかな?」

誰にも理解されないような類の人間がいる。彼は自分のことで嘆いているが、それは人々から理解されていないからではなく、解釈してくれる友がいないからである。


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