生きる意味がないふたり

ハナ「人生つまんねー」
ミミ「つまんねーのはハナの人生じゃなくて、ハナの感情でしょ?」
ハナ「はー出た出た正論マン。もうね、君の正論聞くと心がこうね……すっと満たされてくんだよね。不本意ながら」
ミミ「何が言いたいの?」
ハナ「ミミに私のダメなところ指摘されてると、なんか許されてるような気がするんだよね。だってミミ、指摘はするけどアドバイスはしないじゃん? そういうとこ好きなんだよねぇ」
ミミ「あっそう」
ハナ「あ、今ちょっと嬉しかったでしょ? 分かるんだよなぁそういうの」
ミミ「まぁ……退屈よりは、こうやってくだらない話してた方が和むのは理解できるよ」

ハナ「私時々思うんだよね。人生って、逃げ切るもんだって」
ミミ「何から?」
ハナ「あらゆる苦労から。めんどくささから」
ミミ「どうしてそう思うの?」
ハナ「だって、私の知ってる限り、頑張ってる人って将来自分が頑張らなくてよくなるために頑張ってるように見えるし、私みたいに頑張ってない人は、単に将来への気遣いが欠如してるから怠けてるだけだし、結局人間ってみんな、何事もなく楽しく生きて死にたいだけなんじゃないかと思って。人生に意味なんてないし、愛とか恋とか、そういうのも結局退屈に耐えられなかった人が縋りつく病気の一種なんじゃないかと思って」
ミミ「説得力はあるけど、でもそういう風に生きててもあんまり楽しくなさそうだよ」
ハナ「楽しさって何だと思う? なんで私たちは、楽しさなんてものが与えられたんだと思う? 楽しい気持ちなんて知らずに今まで生きてたら、楽しくなくても不満に思わなくて済んでたはずなのに、色んな楽しさを知っては飽きてを繰り返した結果、楽しさがないと死にたくなるようになっちゃった。もしかしてそれが……ビジネスの罠?」
ミミ「そういう側面もあるかもね。でも、仕掛けた側もそれにハマってるなら、もうどうしようもないんじゃない?」
ハナ「だよねー。みんな、頑張らずに楽しみたいって思ってる」
ミミ「ハナは、例外人間をどう思う?」
ハナ「たとえば?」
ミミ「将棋の人とか、野球の人とか」
ハナ「おうおう。それは私たちダメ人間にとって存在自体がダメージだぞ?」
ミミ「でもほとんどの人はダメージすら入ってないみたいだけど?」
ハナ「どうだろうね。みんな気にしてないふりしてるだけかもよ? それか、人間として見做していないか……」
ミミ「そういう部分はありそうだよね。でも自分自身と比べたら?」
ハナ「誰もが多かれ少なかれ苦しむんじゃない? その……現状進行形で何かに取り組んでる人はそんな暇ないと思うけど」
ミミ「ふむ。そうやって人はまた退屈から逃れようとするんだね。嫉妬の苦しみを味わいたくないから、嫉妬しないで済むくらい、エネルギーを使っていたい。それに意味があるかないかなんて、気にせず、自分にできることに集中する。そうしている間だけは、私たちは人間らしくしていられる」
ハナ「ん? じゃあ退屈して『人生つまんねー』って言ってる私たちは、人間らしくないわけ?」
ミミ「それも人間らしさだろうね。多分、毎日を忙しくしている人も、誰かから命令されて『しばらくじっとしていろ』と言われたら、多かれ少なかれ、私たちと同じような気持ちになって、活躍してる人たちに嫉妬することもあると思うよ」
ハナ「じゃあ、どっちを選ぶかってだけの問題なの? 嫉妬の苦痛か、繁忙の苦痛か」
ミミ「忙しいことって、苦痛なのかな? 喜びだって言う人もいるし、彼らはどうやら退屈の苦痛と比べてそう言っているようには見えないよ」
ハナ「退屈の苦痛と比べて言ってる人も少なくないと思うけど、その人たちは気の毒な私たちの同類だから、そういうのは無視でいいわけだしね……忙しいことが喜び、か」
ミミ「正確には多分、喜ばしい活動をしていたら、いつの間にか忙しくなっていたというのが正しそうだよね」
ハナ「難しいゲームで手元忙しくしてるときは楽しいなぁ。そういうのが何年も続く感じなのかな?」
ミミ「そうなんじゃない? トライアンドエラーって、どうやらある種の人間には楽しく感じられるものみたいだし」
ハナ「楽しさと苦痛のバランスの問題でもあるんだろうね。支払う苦痛と、味わえる楽しさを天秤に乗っけて……」
ミミ「でもその天秤って空想上のものだし、そもそも別の種類のものを同じ重さで測るのって無理だから、結局恣意的になるよね」
ハナ「そうだねぇ。自分の自然的傾向を信じるしかないんだろうなぁ……」
ミミ「頑張らせたがる人自身って、あんまり頑張らないよね」
ハナ「ね。結局人を頑張らせることによって自分は楽したい、楽しみたい、みたいな人が多くてさ。勘弁してくれよ……って感じ。あとまぁ『私はいつも嫌なこと我慢して頑張ってんだから、お前らサボるのはずるいぞ!』ってやつか。こいつは無視するって決めてる。付き合うだけ無駄だから」
ミミ「まぁ基本は一緒に破滅するだけだからね」
ハナ「頑張ったからうまくいったっていう経験がないのよね。空しい自己満足や優越感って、結局人との間に壁を作って、コミュニケーション感覚狂うだけだし。まぁでも、すぐ人に嫉妬する人と一緒にいて楽しいわけでもないしなぁ」
ミミ「でも努力する人って、努力を否定する人とは絶対に一緒にいたがらないからさ、私たちは結局頑張らない者同士でつるむしかないんだろうね」
ハナ「その方が気楽~と言いつつ、私たちは誰にも言わずに急に思い立ってなんかやり始めたりするからなぁ。すぐ力尽きるけど」
ミミ「結果の見えない努力ってしんどいし、そもそも結果にあんまり魅力が感じられないと、それ以前の問題だからね」
ハナ「やっぱり虚栄心とか性欲が必要なんだろうなぁって思う。あとまぁ、一種の才能って、もうそれやるだけで楽しいってことあるみたいだし、そういう人は羨ましいなぁって思う」
ミミ「分かる。どんなものでもいいから『私にはこれだ!』ってのがある人は、素直に嫉妬みたいな苦痛を感じない羨ましさ感じるよね。そういうの、自分にもないかなぁって思う」
ハナ「誰にでもそんなものがあれば苦労しないんだよなぁ」
ミミ「でも、人のこと馬鹿にしたりとか、いじめたりとか、そういう浅ましい楽しみで満足できるほど幼稚でもないし、大変だよね」
ハナ「それなー。そんなん、見て楽しむことももうできないや。こんな馬鹿げていてひどいもので楽しむなんて、自分に許せないわぁんってなっちゃう」
ミミ「どんどん色んなものが楽しくなくなっていくね」
ハナ「そうなの。退屈で仕方なくて、でも頑張りたくはないし、だから残りの人生どうやって耐えようって悩んでるの。悩んでいるって言えるほど真剣に考えてないけどさ」
ミミ「光が見えないね」
ハナ「そう。光が見えない。何もかもがその場しのぎで、色褪せてる。それなのに焦る気持ちも湧かないし、頑張ろうって気持ちにもならない。鬱なのかなって思ったけど、別に最近こういう風になったんじゃなくて、生まれた時からずっとこういう風になる定めとして生きてきたような気がしてさ。だから、病気っていうより、人生なんじゃないかって思ってるんだ」
ミミ「病院行ってみた?」
ハナ「行ってみたけど、変なお薬出されておしまいだったよ。うつ病ですかって聞いたら『傾向はあるかもしれません』とかって濁されちゃってさ。何やねん、みたいな」
ミミ「実際、ハナは自分のどういうところがダメだと思う?」
ハナ「んー……楽しいことがあんまりないことかな。でも、もうすでに飽きたものをまた楽しく感じるようになったって、それってただ退化してるだけじゃん。なんか、飽きるのって宿命だし、楽しいものが減るのも、学習能力がある以上はしごく当然の理屈のような気がするんだよね。だとすると私が日々楽しく過ごせないのって、もう普通にほとんどの人間にとって当然のことなんじゃないかって思うんだ」
ミミ「まぁ、そんな楽しくなくたって生きること自体はできるもんね」
ハナ「そうそう。だから、あとは逃げ切りかなぁって」

ミミ「何作ってるの?」
ハナ「生きる意味をくださいポスター」
ミミ「ポスター……」
ハナ「私はね。別に頑張りたいわけではないんだよ。人より高いところにいたいわけでもない。新しいものを生み出したり、困ってる人を助けたり、そういうことにも興味がない。ただ、自分の人生に意味が欲しい。必要とされていたいんだよ」
ミミ「でもそのポスターで、生きる意味をくれる人が来ると思うの?」
ハナ「多分、生きる意味という名の首輪を持ってる人しか来ないだろうね。それか『生きる意味は自分で見つけろ』派の人たちか。あいつら結局何も考えてないくせに偉そうなんだよなぁ……」
ミミ「でも、結局生きる意味欲しがるのって、誰かに依存したいってことなんじゃないの? 自分という存在の拠り所がないから、それを他に求めてるんじゃないの?」
ハナ「自分というこのどうでもいい体とか心に、拠り所になるような何かがあるとでも?」
ミミ「でも残念ながら、どんな立派で確固とした存在にみえるような人でも、実際はハナとそう大して変わらないんだよ。ほら、人間は皆平等だって言うじゃん。実際、人間なんてちょっと運が悪いとコロっと死んじゃうわけだし。アレクサンドロス大王も蚊にさされて死んだわけだし」
ハナ「アレクサンドロス兄貴は、たくさんの人に生きる意味を与えたよね。多分、私たちみたいなのは、いつだって生きる意味を提示してくれる人を探しているんだよ」
ミミ「アイドルオタクの人たちも、結局はそういう感じなのかな?」
ハナ「ただ大衆に媚びてるだけの人たちに人生の意味を見出せる人の気持ちは全然分からないけどね」
ミミ「それはさすがに失礼じゃない?」
ハナ「でもあの人たちがすごいって言われてる理由って『努力』だけじゃん。結局みんなの前で歌って踊ったりして、最終的にどうするの? 見たことない景色見せてくれるの? この社会のつまらなさを解決してくれるの? まぁ、ライブとか好きな人は、それだけでつまらなさを忘れられるのかもね。確かにそれなら、意味かもね。私、人多いとこ疲れるから、そういうのはやっぱり分からないや……」
ミミ「でもハナだって、漫画とかアニメとか、そういうのにハマるときあるじゃん。そういうのは次から次へと出てくるし、生きる意味にならないの?」
ハナ「そんなの全部退屈しのぎだよ。どんなに感動したって、夢中になったって、三回くらい見直したら、もうどうでもよくなってる。どうしてこんな退屈なものに自分が夢中になってたのか、もう分からなくなってる」
ミミ「作ってる人が聞いたら激怒しそうだね」
ハナ「でも、それが結構多くの人にとっての本音だと思うよ。何もかもがつまらないんだ。楽しいだけのこと、夢中になれるだけのこと、もう何もかもが空しい」
ミミ「じゃあ恋愛は?」
ハナ「さっき言ったじゃん。退屈しのぎの病気だって。意味もなく苦しむだけだって。子供を作ったって、私の子なんだから、どうせまた新たな退屈嫌いの怠け者がひとり増えるだけだよ。私は何もせずにゆっくり死んでいくしかないんだ」
ミミ「本当にそうなのかな?」
ハナ「私はそうだと思う」
ミミ「もしハナがそうなら、多分私もそうだと思う」
ハナ「そうだろうね。ずっと一緒に慰め合う? それも悪くないと思うんだ」
ミミ「もし……もしも、ハナが私を殺したり、あるいは私が、ハナのために自殺したら、変わるかな?」
ハナ「おいおい」
ミミ「別に病んでるってわけじゃないよ。ただ、もしもそういうことが選択肢に入ってくるとしたら、どちらを選ぶ?」
ハナ「どちらを選ぶって……」
ミミ「このまま、意味もなく耐えるだけの人生を歩み続けるか、それとも、自分の空しさが結果として親友を殺してしまったから、その意味のない人生に何としてでも意味を見出さなくちゃいけなくなったとしたら」
ハナ「はぁ。馬鹿だなぁ。ミミが死んだって、ミミみたいな人は他にいくらでもいるから、私は何とも思わないよ。もしほんとにつらかったら、私は後追いするし、そんな変なこと考えるのはやめときな。狂っちゃうよ?」
ミミ「でも私たちはもう、狂わないと、ちゃんと生きていけないんじゃない?」
ハナ「私たちがちゃんと生きていくことなんて、誰が望んでるの?」
ミミ「生きる意味、私があげようかって言ってるんだよ? そのポスターが、ハナの本心でしょ?」
ハナ「ふざけないでよ。ただ逃げたいだけじゃんそんなの。自分が頑張りたくないから、人に頑張らせるために、死ぬとかありえない。そんなことするやつのために頑張ろうとは思えないよ。馬鹿が。そりゃ、一年か二年くらいは何とかしようとするかもしれないよ? でもこんなどうしようもない私じゃ、何年か経てばどうでもよくなってる。もう諦めて『申し訳ないけど、私には無理だった』とか言いながら墓参りすることになるだけだよ! そりゃ、泣くだろうけどさ……そんな中身はいらないよ」
ミミ「でも、この先の私の無駄な数十年の対価としては、ハナのその涙で十分じゃない?」
ハナ「十分じゃないよ。全然、無駄。無駄死に。私に賭けるのはやめといた方がいい。もっと別の、責任感が強い人のために死になよ。その方がうまくいく」
ミミ「責任感が強い人は、そういう重い責任には、耐えられなくなっておかしくなって死んじゃうんだよ。私が思うに、ハナみたいな、ほんとは真面目で強い人間なのに、意味が見いだせないという理由だけで縮こまってる人の方が、はるかに可能性がある」
ハナ「分かった。二十歳まで待って。それまでには、生きる意味見つけるから」
ミミ「そんなに私の分の人生背負いたくないわけ?」
ハナ「絶対ヤダ。しんどいの分かるもん……ねぇ。人生なんてただ逃げ切るだけでもよくない? こんなポスター、気の迷いだって。ねぇ。怒らせたなら謝るからさ……」
ミミ「まぁしばらくひとりで考えてみるよ」
ハナ「……」

 そういうわけで私はまた賭けに勝って、今回も生き延びた。
 回数を重ねるごとに、悲しみは軽くなっていく。これで四人目。
「ねぇハナ。ハナの命は、綺麗だったよ。でも私、これにもそろそろ退屈してきちゃったみたい」

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