恋心と親友と悟【ショートショート】

 私の恋は、客観的に説明するとどこか少女漫画染みているような気がする。でも実際にはどうしようもなく現実的で具体的、複雑な気持ちが絡み合っている微妙な恋だ。

 その人は、同い年の親友の義兄で、三つ上。現役で某国公立大学に入学した秀才だ。身長が高く、顔も凛々しく、それでいてユーモアも忘れない。ドがつくほど真面目で、中高とすごくモテていたのに、まだ誰とも付き合ったことがない。
 それだけなら、本当に漫画みたいな理想的な人だと言える。でもその実態は……

「俺、人の考えてること、何となく分かっちゃうんだよね」
 前にその友達も含めて三人でおしゃべりしている時、そんな話題になった。
「だから、何というか。告白されても、俺自身の気持ちとその子自身の気持ちの大きさの間に差を感じちゃって」
「つまり、気持ち悪いってことだね?」
 彼の義妹は、思ったことをすぐに口に出す性格だった。だからか、彼は優の前では私も含めて他の人と話している時より、少しだけ心を開く。
「彼女らには申し訳ないけどね」
 彼女ら、か。きっとその中に自分も含まれているのだろうなと思うと、悲しくなった。そしてこの悲しみも、きっと伝わっているのだと、一瞬目が合った時のあの瞳の黒さから、察した。
「でも、私は羨ましいなぁ。その能力」
 優は隣の私の気持ちなど少しも察さず、無邪気にそう呟く。
「あの人何を考えてるんだろうって不安になったことないんでしょ? いくら考えても分からなくてキエーってなったことないんでしょ?」
「まぁ、ないね。でも、自分が次に何を言ったら、人を傷つけたり悲しませるかっていうのは、分からない。予言とか予感じゃなくて、ただもう起こってしまったことが分かるだけだから」
 彼は言い終わってから私の方をちらっと見て、謝罪の意を瞬きで示した。この人は、人たらしだ。本当は、私のことなんてどうでもいいのに、誰かを気遣わずにいられない人なんだ。そして私がそう思ってることを知ったうえで、困ったように笑って「ごめんね」なんて言うんだ。
 憎い、と思ったが、なんだか自分がおかしくなってふっと笑った。
「え、なんで絵里ちゃん笑ってんの。こわ。おにい、この子が考えてることも分かるんでしょ?」
「まぁ、だいたいね」
「じゃあ教えてよ、私に」
「……言いたくないな」
「お願い!」
「絵里は今、とある男のことを考えてた」
「え、そうなの絵里?」
 私はちょっと意地悪をしてやろうと思って、嘘をつくことにした。
「いや、うちの猫はメスだよ」
「うっわ外れてんじゃん。おにいだっさ!」
「まぁ今のは全部ジョークということにしておこう」
 彼は一切意に返さなかった。
「いやでもおにい、いきなり目の前の女の子が笑った時に『男のこと考えてるな』って思ったんでしょ? でも実際は、家のかわいい雌猫のこと考えてたわけでしょ? 今どんな気持ち?」
「ちょっと優。悟さんかわいそうだよ」
「いやでも自業自得じゃん! しかも全然気にしてないしこの男!」
 なんで優はこんなに怒っているのだろう? 多分本人もよくわかっていない。ただノリと勢いで、責め立てる。
「なーにが、『俺、人の気持ち、わかっちゃうんだよネ』だよ! おもいっきり外してんじゃねぇか!」
「優……あのね?」
 私は本当のことを言おうかどうか迷った。実は悟さんのことを考えていて、さすがに悟さんは「今、この子は俺のことを考えてる」なんて言うことはできないから、ちょっと濁して「男のことを考えてる」って言ったんだよって説明しようかと。でもその説明はちょっと複雑だし、私がなんであの時猫の話題を出して誤魔化したのか追求されても困る。
 それにこの子は私が悟さんのことを思っていることを知らないし、それを今この場で暴露しても何もいいことはないと思う。でもこれ以上、いわれのないことで悟さんが酷く言われているのを見るのは嫌だ。
「何、絵里? そんな難しい顔して」
「その……実はうちの飼ってる雌猫、去勢してないから結構発情するんだよね。だから、変な雄猫にひっかけられないか心配だなぁって、そんなこと考えてたから、別に間違ってもいないというか……」
「おいおいおい! この子めっちゃ優しいじゃん! おにい! 年下の女の子にめっちゃ気遣われてますよ!」
 墓穴掘ったな、と思った。どうして私はこう、嘘を嘘で塗り固めるようなことをしてしまうのか……この子みたいにもっと素直になりたい。
「優。その辺にしときな。二人きりの時はいいけど、そういうのを見るのが嫌な人もいるからね」
「え?」
「喧嘩風エンターテイメントが苦手な人もいるってこと」
 絵里ははっと気が付いたように、私の顔をまじまじ眺めたあと、急に抱き着いた。
「あーもうお前はかわいいなぁ! よしよししてあげよう!」
「う、うん」
 この子の考えていることは本当に分からない。なんでいきなり抱き着いてきたのかも……でも、ニコニコと笑っている悟さんを見るに、彼は彼女の扱い方を完全に心得ているようだった。私はちょっとだけ不満だった。
 多分これは、小さな嫉妬。悟さんが、私よりも優の方に注意を向けたから。
「やっぱり女の子同士の友情を眺めるのは気分がいいね」
 悪趣味だ、と私は思った。
「悪趣味!」
 優は、私が思うのと同時に私の耳元で叫んだ。キーンとちょっとだけ響いて、頭が痛かったけど、ちょっと嬉しかった。

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