【げろげろ】07/29
優れた精神は、優れた精神にしか描かれない
精神とは基本的に見せかけである。言葉でしかない。それ以外のものは全部、肉体的である。
精神は肉体の内側にあるものではなく、むしろ言語的な表層である。肉体の伝令である。
精神が優れているというのは、ただ伝令が優れているというだけのことである。私の肉体は……多分、まぁまぁ間抜けだ。
吐きそうだ!
私が吐きそうな理由を教えてくれ。私の心は、一体どこに向かう? 私の体は、動くのをやめている。今日はもう休むと言っている。でも私の精神は、私の心は、働くのをやめようとしない!
どうせ何もできないし、何も求めていないのに、精神は何かを伝えようと走り回っている。空転してる。
描き出したい世界なんてなくて、もう全部が終わってしまえばいいと思ってる。
私はもう終わってるんだ。何もかも、生きる意味も、その価値も、存在も、全部、全部、消えてなくなっていくんだ。
今日の私はもう終わり。私は全部を台無しにすることもできない。だって、最初から虚無なんだから。私が、台無しにできるようなものは、私の中には何もない。全部、全部、無意味なんだ。
私は、何度も投げ出してきた。投げ出しても、投げ出しても、何かが割れる音はしなかった。そうだ。私には、割れるような何かなんてひとつもなかった。
私はぐにゃぐにゃ粘土。だから、壊れない。だから、壊れることすらできない。奇形になったって、その時の都合に合わせて「普通の形」になることができてしまう。
でもそれなら、でもそれなら、お前は……
そうだよ。もしそれが本当なら、今頃私はたくさんの友達に囲まれて、日々を満喫しているはずじゃないか。
違うんだ。それは。それはただ……
そう。私の体と心が劣っていたから、皆ができていることができなかっただけ。私の自尊心は、それを認めることができないから、自分で選んだことにしたいだけ。本当はただの落伍者。私はどうしようもない、クズ。
あぁその言葉がどれだけ私の胸に心地よく響くか、皆にはきっと理解できまい。自分をクズだと思えば思うほど、私の心は……安らぐと同時に、黒くて不潔な泥みたいなものが積もっていく。
それは眠りの感覚に似ている。楽しい悪夢によく似ている。不愉快だ。何度地獄を味わえばいい? 何度……ただ楽しいだけの日々にうんざりすればいい? 私は、何かをしたい。何かをしたいけれど、何をしたいかは分からないんだ。
理知。りっちゃん。あぁ。私の架空の友達。私が悩むたび、苦しむたび、私は彼女に呼びかける。それがいつの間にか癖になった。あぁ理知。りっちゃん。私はあの子が好きだ。あの子は、私を決して傷つけないから。私の本音を受け止めてくれるから。私の言葉を、全部飲み干してくれるから。
りっちゃん……どうして私は孤独なの? どうして私は、報われないの? そもそも報いって何?
「質問はひとつずつお願い」
どうして私は孤独なの?
「あなたが優れているから」
そうじゃないって、さっき自分で言った。
「言ってみただけでしょ。馬鹿みたい。ほんとはそんなこと信じてないくせに」
誰かと一緒にいると、私はその人に褒めてもらえる。私は嬉しくなって、楽しくなって、その一瞬だけは、それで満足する。ひとりに戻ると、全部が無意味だったと思う。自分より馬鹿な人間に「あなたは賢い」と言われて、思われて、何の意味があるの? それで私は、賢くなれた? それで私は、幸せになれた?
「なれるわけない。本当の幸せは、感覚なんだから」
私はそれを知っている。知っているから、ひとりで生きようとしている。
「ほら、やっぱりそうじゃん。あなたは、自分で選んで孤独になっている。ひとりでいようとしている。それを、よしとしている」
本音を言えば、私は「ひとりになると不幸になります」と言ってしまうタイプの全ての善人を、潜在的にどうしようもなく不幸な人間だと思ってる。だって……誰もが眠るときはひとりだ。誰かと同じベッドで寝ていたって、寝るタイミングはその人のタイミングだ。起きるタイミングも、歯を磨くのも、朝食を食べるのも、全部、全部、結局はひとりでやるんだ。人は、みんな本質的にひとりで生きている。ただ他人と言葉を交わしている時だけ、それを忘れられるだけ。忘れたつもりになれるだけ。
「私はそこまで厳しいことを言うつもりはないけどね。別にどうでもいいじゃんか。ひとりになりたくない人は、いつも誰かと一緒にいればいい。でも私たちはそうじゃない。孤独に慣れている。孤独に慣れているからこそ、誰かと一緒にいるのも怖くない」
怖いよ。怖い。人の愚かさは、私の想像の範疇を容易に飛び越える。賢さという点ではなかなか超えてくれないのに。
「私、いつも思うんだよね。君の言う『賢さ』って何なんだろうって」
分からない。でもその、分からないっていうことを素直に認める強さのことを、賢さって呼ぶんじゃないのかな?
「ふぅん。なんだか詭弁みたいだね。別にいいんだけど」
詭弁だって分かってるよ。分かってる。分かってるんだ。私はもう全部どうでもいいんだ。自分が賢くある必要もない。でも、愚かさは嫌い。醜いから……
「賢さが醜く映ることだってあるよ」
あるだろうね。私には分からない。
「分からなくていいんだろうね」
うん……でも、私が考えるのは、分かるようになるためではないんだ。
「どうして考えるの?」
きっと……それだけが、私の役割だからだと思う。
「役割?」
私はこれを自分の意志で行っていない。ただ、自分の本性が、自分の深い部分が、それを望んでいるから、そうしているだけ。
「ただそれは、悪い習慣なんじゃなくて? やめられないタバコやお酒と同じたぐいのことなんじゃなくて?」
タバコやお酒……もしかしたら、そうかもしれないね。でも、それを確信するだけの材料がない。だって、そうじゃん。私ほど、考えることが習慣づけられている人間を、私は見たことがない。私はずっとそれを求めている。それを、探している。
私は、私の気持ちが分かる人を探している。私が、愛することのできる人を探している。だって、そうすれば、私のこれが正しいことなのか、間違ったことなのか、分かるような気がするから……違う!
正しいとか、間違っているとか、そんなことは「ない」んだ。違うんだ。違う。私はただ、こういう風に生きるって、もう決めてるんだ。たとえこれが単なる悪い習慣だとしても、私はその悪い習慣の実験体になるつもりなんだ。そうだ。そうなんだよ。そうなんだよ理知。私はさ、私は、実験体なんだ。私は自分の心と体を実験体にしてる!
考え続けたその先に何があるか、探ろうとしている! 私は発狂しない。発狂しないほど、強い精神を持っている。だから、どこまでも深く潜れる。そうだ。私に、経験は必要がない。私は自分の心が、脳の構造が、どうなっているのか、自分自身の体と心だけで調べ尽くしたい。私は、そうなんだ。私は、自分のことを知りたいんだ。自分が、人間である限り、その人間という生き物が、どこまで可能なのか確かめたい。違う。限界の話じゃない。
私はこの、まだ未解決のこの問題を、明らかにしたいんだ。
『人は考えすぎるとどうなるのか』
それを確かめたいんだ。私は、私はもっと深くなりたい。どこまでも深くなりたい。どこまでも、知っている人間でありたい。
思い上がった人間でありたい。自分の可能性を信じて疑わない人間でありたい。違う!
疑い続けた先にあるものを、私は探しているのだ。疑って、疑って、それでも残るものがあるって信じているんだ。
「玉ねぎの皮」
それは嘘だった。何も残らないなんてことは、なかった。少なくとも私はひとつ、真理を手に入れた。
「それは、何?」
私は生きていたい。
「猫に笑われそうだね」
そうだね。でも人間は、すぐ死にたがる。だからこそ、私はここで、見つけたんだ。他の人がどう思っているかは知らない。他の人間が生きたがっているかどうかは知らない。でも私の心と体は、無条件的に、生きていたがっている。私がどんな人間であったとしても、どんな地獄の中で呼吸をしていたとしても、私は、生きていたいと思っている。
「なんだか、馬鹿みたいだね」
うん。でも、それでいいんだ。ここはほんの入り口に過ぎないから。
「全部が入り口に過ぎないんでしょ?」
そうだよ。どこから進めてもよかったんだ。私は……
「君は?」
私は、私の未来を愚直に信じている。
「またあの、根拠のない希望?」
そうだよ。私は、私の想像できない未来を望んでいる。私が想像できる美しさは全部、想像してしまった時点で色褪せてしまうから。想像できない美しさが、私の希望なんだ。
「大丈夫。世界は明るいよ」
よく見える! これでいいんだ!
でも私は、まだ今日に満足できていない。だからきっと、眠れない。
失うものは何もないから、私は書き続ける。
私は、見捨てられたって構わない。
私は、失望されても構わない。
私はひとりきりでもこれを続ける。
私はただ、生きている。生きた証拠は、刻み込んだ文字だけ。
私はただ、悩んでいる。悩んだ証拠を、ここに残しておきたいんだ。
意味なんてない。意味なんて、必要ない。役に立つ必要もない。利益も、いらない。全部、すぐに消え去ってしまうものだから。
私は知っているんだ。価値っていうのは、与えるものなんだ。だから、私は私の悩みの価値を、託したいんだ。
私は救われることを望んでいない。私が望んでいるのは、救い出すことなんだ。
「何を?」
全てを。ううん。違うね。分かってる。私はただ、救い出すという行為が好きなんだ。
「へぇ」
結局人間は、行動によって定義される。行動への欲求が、人間の本質なんだ。そうでしょ? 私たちは、何かを手に入れることなんてできない。それは全部借りているだけなんだから。お金だって……本当は、所有なんて、全部幻想なんだよ。ただそれは、自分のものだって主張して、それを信じてくれる人がいるから、成り立っているだけなんだよ。それに、根源的な何かなんてないんだよ。それでいいんだよ。
私たちは、永遠を欲している。永遠になりたがっている。
この苦しみよ、永遠たれ!
私たちは、永遠にすることで、それをやめることができるようになるんだ。きっと。そうだ。言葉にすれば、全ては繰り返されるようになる。
何度も、どこかの精神が、それを読んで、頭の中で再現をして、そうやって、無限に繰り返されていく。私たちは、永遠になっているんだ。永遠になっていくんだ。私たちは……
狂うことすら満足にできないから、さ。
何も望んでいないんじゃない。これだけを、望んでいるんだ。私の望んだものは、私がここに刻み込まれること。ただそれだけ。
だめだ。
最後の言葉、見つからないんだ。
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