カマキリー!

 今日散歩をしていると、公園の白いタイルの上でじっと固まっているメスのカマキリがいた。風が吹くたびにゆらゆら揺れる。時々頭を動かすけれど……
 死にかけているのかな、と思って私は指でそのカマの部分に触れてみる。ビクン、と彼女は体全体を震わせた。
 申し訳ないことをしたな、と思った。威嚇するそぶりも見せず、そもそも何の警戒もせず、ただ触られたことにびっくりしただけ、のようだった。その証拠に、触った後もじっと動かず、私がそばに腰を下ろしてじっと見つめても、ただぼんやりとたたずんでいるだけだった。そばをアリが通っても、蝶がが舞っても、少しも動じない。
 もしかしたら、そういう狩りなのかと思ったけれど、どう見ても集中力が欠けている。生きようという気迫が欠けている。お腹はまぁまぁ大きくて、決して飢えているわけではなさそうだった。色は全体的には若緑だが、ところどころ茶色に変色していた。色で年齢は分からない。だから、彼女が老いているというのは、私の勘だった。
 彼女が死ぬところを見届けようかな、と思った。でも、そんなタイミングよく寿命が来るとも思えない。ただ……こんな目立つ場所でぼんやりしていたら、カラスやトンビが来たらすぐに食べられてしまうと思う。元気はないけれど、痩せているわけではないから、格好の獲物だ。
 ふと、産卵を終えた後なのかもしれないな、と思った。季節的にはどうだろう。分からないが……どこか、自分の命を投げ出しているような印象を感じた。普通、日光浴をするにしても、もっと目立たない場所ですると思うから、まるで「どうぞ食べてください」と言わんばかりの恰好だったのだ。
 三十分ほど私はぼんやりとカマキリを眺めながら考え事をしていた。すると、そのカマキリはゆっくりと首を回し、一歩、また一歩とゆっくり歩き始めた。歩きながらでも、風が吹くたびに力なく揺れる。
 綺麗に剪定された緑色のつつじの上に足をかけ、ゆっくり上っていく。意外と体を支えるのはしんどくなさそうだ。私は立ち上がって回り込み、カマキリの顔が見える位置にしゃがみ込む。目が合う。カマをペロペロと舐め始める。どうやら、少し休んでいただけだったようだ。

 今調べてみたが、体が風で揺れるように見えるのは、そうすることによって草に擬態したり、対象との距離を測ったりするためらしい。
 目立つ場所で数十分じっとしていた理由はよく分からないが、あの個体が老いた個体だと感じたのは間違いだったようだ。
 指で触れた時、なぜ威嚇することも逃げ出すこともせず、ただ一瞬びっくりしただけで、そのあともそばにとどまり続けたのかは、分からない。本能的に私という存在が危険でないと判断したのかもしれない。
 カマキリは二度以上産卵することも多いらしい。産卵後だった可能性は、否めない。卵を持っているときほど腹は大きくなかったし。と、思ったけど、調べてみると通常産卵時期は十月下旬以降らしいので、それは大外れだったみたい。というか、そう考えるとあのカマキリは老いていたわけじゃなくて、むしろ人生の大一番を間近に控えたタイミングだったというわけだね。

 私、あまり虫は好きじゃないんだけど、公園を歩いているとよく見かけるから、興味を持って少し詳しくなってしまう。でも多分、そういう人は意外と多いんじゃないかなぁと思う。
 小さい生き物も、好きだ。私の部屋には今ヤモリが一匹いる。わざわざ外に出したりはしない。入れ替わりでハエトリグモがいなくなったから、食べたのかもしれない。まぁそういう食物連鎖は、仕方ない。
 部屋で共に生きている小さい生き物は掃除のときに吸い込んでしまわないかと心配にはなる。まぁでも、その時はその時だ。(でもちゃんと壁に張り付いたり押し入れの中に入ったりして逃げてくれると信頼してる)(一応誤解なきよう言っておくが、私の部屋は別に不潔ではない。結構頻繁に掃除をするので、かなり綺麗。窓を開けて外を眺めることが多いので、虫などが入ってくることは結構ある。ゴキブリはこの辺にはあまりいないので、まだ小さいの一匹しか見たことがない。その時は狂いかけたけど)

 ふと思ったけど、よく人間が通る清潔な公園はカラスやトンビがあまり来れないから、カマキリにとって人間は都合のいい存在なのかもしれない。人間が近くにいるなら、カマキリは天敵を恐れる必要がないのだ。確かに。カマキリの天敵である小鳥、カラス、トンビ、コウモリ、猫、ネズミなどは、基本人間を恐れるから。
 もしかしたらあのカマキリは、私が近づいてきたからあえてあの場所にとどまっていたのかもしれない。もしそうなら……なんだか素敵なことだったんじゃないかと思う。

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