りっちゃんはゴリラ【ショートショート】

 テスト期間が終わり、提出物がまとめて返却されてくる時期、浅川理知は山積みのノートを軽々抱えて教室に入ってくる。隣を歩く別の女子はその半分くらいしかもっていないのに息を荒げている。理知はへっちゃらぽん、といった様子で教壇の上にすっと音も立てずノートを置いて、クラスメイトが抱えていた残りを受け取り、皆に配り始める。
「やっぱりっちゃんはイケメンゴリラだなぁ」
 市瀬珠美はノートを受け取りながら、理知の背中をぽんと叩く。理知は何も言わず通り過ぎる。
「さすゴリ!」
 その隣にいる朝木海は、悪乗りする。理知は振り返らない。
「理知、ゴリラって言われて嫌じゃないん?」
 秋原友里がそう尋ねると、理知は片方だけ眉毛を挙げて、不思議そうな顔をして振り返った。
「私、結構ゴリラ好きだよ」
「ほう。どんなところが?」
「賢くて、温厚で、力強いところ」
「理知じゃん」
「まぁ自分でも、そういうところあると思う。自画自賛になるけど」
 朝木海は、得意のアニメ声で「ぱーふぇくとごりら……」とつぶやいた。黙って聞いていた男子が吹き出し、唾がかかった別の男子が「きたねぇ!」と叫びながら、その相手の頭をぺち、と叩いた。「ご、ごめwww」せき込みながら笑う。
「男子ってやっぱ馬鹿」
 誰も言わないから仕方なく、といった感じで新田真子がため息をつきながらお決まりのセリフを口にした。そういう定型的なノリは、あまり多すぎると疲れるが、時々入る分には面白い。学生の特権でもある。
 理知はいつの間にかすたすたと歩き、ノートを配り終え、教壇に別のノートを取りに行き、また配り始めた。仕事が早い、いい女。

たま「でもさぁ、ゴリラって言われても気にしないのって、強さだよね」
まこ「分かる。私なら絶対ヤダもん。ガチギレする」
ゆり「まこは器狭いもんな?」
まこ「は? キレそう」
うみ「器狭すぎワロテルローの戦い」
たま「私前世ナポレオンだから笑えない」
うみ「あ、奇遇だね。私も前世ナポレオンなんだ」
たま「え、ほんと? すごい! 同期じゃん!(?)」
 理知、ノートを配りながら通り過ぎる。
たま「あ、りっちゃん。りっちゃんって前世、何の英雄だった?」
りち「ん? んー……」
 理知、考え始める。会話の流れが止まる。
りち「ごめん、面白いの思いつかなかった」
ゆり「おいたま、理知に無茶ぶりすんな」
たま「ごめん……りっちゃん」
りち「別にいいよ」
まこ「理知にユーモアセンスを期待してはいけない。戒め」
うみ「理知に無茶ぶりするべからず」
りち「私ゴリラだから……」
 一瞬空気が止まる。
たま「りっちゃん。なんでさぁ、墓穴掘るの?」
ゆり「理知、お前に笑いは求めていないんだ」
まこ「逆に、こんだけ空気を止めても平気で微笑んでいられる精神力がすげぇよ……」
りち「苦手なことにも挑戦した方がいいかなぁと思って」
まこ「真面目すぎ」
たま「りっちゃんかわいいなぁ」
ゆり「逆にさぁ、言語能力高くて、相手の言わんとしていることをいつも正確に理解する理知が、ギャグを言おうとすると必ず空気を破壊するのはなんでなん?」
うみ「そもそもりっちゃんがゲラ過ぎるんだよ。まず笑いのツボがおかしい。それをなまじ自覚してるから、笑いのツボを私たちに合わせようとしてくれてる。でも、合わせようとすると必ずタイムラグが生じるし、そのラグのせいで、テンポが悪くなって、空気破壊ポイントがたまる。そしてりっちゃんは……言っちゃ悪いけど、発想力が貧困。貧民街の路地裏って感じ」
たま「りっちゃん……」
りち「海の言ってることは当たってると思う」
まこ「でも、運動も勉強もできて超美人な理知が、創造性まで持ってたら、私たち近寄り難くなっちゃうから、むしろ私は理知の空気ブレイク好きだよ」
ゆり「あと、理知は楽しい空気を破壊するの得意だけど、それ以上に悪い空気も破壊してくれるから、いいと思う。というか、悪い空気破壊するときは、意識的にやってるだろ理知」
りち「うん。私が人付き合いで長所って言えるの、それくらいだからね」
うみ「それは謙遜。りっちゃんめっちゃ優しいし、気遣い上手だし、長所だらけでしょ。むしろ短所がその、クソみたいなギャグセンくらいじゃない?」
たま「クソみたいなギャグセンwww」
まこ「表現が的確だなぁ」
うみ「でもさ、さっきの話だとさ、運動も勉強もできて、しかも超美人で、創造性もあるって、私のことじゃない? 大丈夫? 私、近寄り難くなってない?」
ゆり「お前はクソガキだから大丈夫」
たま「海ちゃんの顔、かわいいけど安っぽい」
まこ「そもそもお前運動できねぇだろハゲ」
うみ「まこに反論。私はまずハゲじゃない。次に私は、鍛えてないだけで運動神経はいい。私はこの低い身長と、意味もなくでかい胸というハンデを抱えている。つまり実質、完璧人間」
ゆり「クソガキは?」
うみ「私がクソガキなのは生まれつきだからしょうがない」
たま「顔が安っぽいのは?」
うみ「……」
まこ「え、そこで反論できなくなるの?」
ゆり「お前ほんと面白いわwww」
うみ「私は時々りっちゃんが羨ましくなるよ……私にないもの全部持ってるから……」
たま「急なキャラ変www」
うみ「ウキー!」
まこ「そういやこいつチンパンジーだったな」
たま「私はゴリラの方が好きだなぁ」
うみ「私もチンパンよりゴリラがいい」
ゆり「なぁ理知。どうやったら海は、理知みたいにイケてるメスゴリラになれる?」
りち「んー……やっぱり走り込みかなぁ」
うみ「いーやーだー!」
 きりのいいところで朝のホームルームを告げるチャイムが鳴った。急いで席に戻ろうと立ち上がった海は、その机の主である男子のカバンのひもに足をひっかけ、転びそうになってしまう。
 しかし理知は、チャイムが鳴った時点で何かを予感し、海の方に歩いていた。
 理知は転びそうになった海の肩を素早く引き寄せる。その後何事もなかったかのように、海から手を放し、堂々と背を向けて自分の席に戻っていった。
 その光景を目撃した者は皆、何も言わずただおのれの内でこう思った。
 さす理知、と。

 あるいはさすゴリ、と。


 肩幅が広くて、筋肉質。身長も高く、顔の彫りも深い。優しくて、低い声。
 浅川理知は、動物にたとえると確かにゴリラ。
 りっちゃん好き……

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