歴史に対する感謝と忘恩

 歴史的な知識の誤り、特に、思想の絡まない単に不注意から来る誤った記述に関しては、私は反射的に指摘したくなる。
 「あれ、それってちょっとおかしくない?」と言いたくなる。

 具体的な例だと「漢委奴国王の金印を授けたがのは、中国最初の王朝と呼ばれている秦を滅ぼした前漢の光武帝である」という記述があったとすると「金印を授けたのは後漢であるし、光武帝も後漢の皇帝である」と指摘したくなる。
 何も知らない人からすると「それがどう違うんだ」と言いたくなるかもしれないが、しかし、それはすごく大変な違いなのだ。
 千年後の人々が私たちのことを「この時代の日本って、大東亜共栄圏目指してたんでしょ?」と言うくらいに、全然違うことなのだ。

 歴史の話をするときはある程度慎重にならなくちゃいけないけれど、間違いがあるのは仕方がないし、情報不足から単純な解釈をしてしまうのも、誰もがあることなので、いちいち目くじら立てても仕方がないとは思う。でもやっぱり、勘違いは勘違いとして指摘しなくてはならないと思う。
 言葉の使い方とか、敬語の誤りとか、正直そういうのよりも、歴史的な認識の甘さとか、無関心の方がずっと大きな問題であると思うし、私たちはもっと歴史について敏感な感性を持っていていいと思う。

 特に日本人は日本の歴史についてはものすごくゆっくり細かくやるのに、中国や西洋の歴史についてはおおざっぱに流すようにしか教わらない。本来日本の歴史と同じくらいの細かさで、他国の歴史も学ぶべきなのだが、どうにも国家というものはそういう歴史観や知識全般に対する意識が明らかに歪んでいるようなので、私たち一個人の中でそれを実践しなくてはならない。
 自分たちの国の歴史を愛するのは当然だし、それに興味を持って学ぶのは、そう難しいことではない。でも他国の歴史を自国の歴史より劣ったものや、底の浅いもの、よく分からないもの、分かりたくもないもの、として認識するのは明らかに歪んでいるし、この時代は日本に限らずどの国家でもそのような歴史教育が行われている。私ははっきり言って、これはとても歪んだことだと思うし、こういう文化や人間の在り方が正当化されているこの現実自体に、重大な問題意識を感じている。

 これは本来一個人の問題ではなく、国家の教育システムの問題であって、国民たる私たちが恥じ入るべき問題ではない。だが、一個人のレベルから少しずつ意識を変えないことにはどうにもならない問題であるし、そもそもこの時代はありがたいことにインターネットがあり、もっとも浅い知識ならば、調べればすぐに出てくる。
 かくいう私だって、日本の歴史と同じくらいの知識を、各国の歴史について知っているわけではないし、愛着だってない。そもそも、日本語で書かれた本の数が違いすぎるし、その細かさも、内容の豊かさも、異なるのだ。どうあがいたって、日本から見る海外の歴史は、解像度が低く、ぼやけて見える。あくまで「紹介されたもの」としてしか認識できない。
 だからこそ、そういう自覚が必要だし、私たちは知らないのだと自覚したまま、知りたいという気持ちを持っていた方がいい。本を読むことが難しいならウィキペディアを見て回るだけでもやらないよりマシだし、何らかの面白い歴史ものの紹介動画を見るのもいい。誤った知識が含まれていたとしても、何も知らないよりはずっといい。興味を持たないよりはずっといい。
 誤りが含まれる場合は、それは積極的に指摘されるべきだし、できるだけのその内容の細かさや正確性は、追及されるべきだ。それは日本人が日本の歴史を大切にするように、誤りや勘違いを見逃さないように、海外の歴史も扱うべきなのだ。

 あまり今まで大きな声では言わなかったが、私は歴史が好きだ。歴史だけが好きな人間ではないけれど、この世にはあらゆるものにその歴史が存在する。本そのものにも歴史があるし、建物にも歴史はあるし、当然思想や科学にだって歴史がある。
 歴史とはある意味では文明そのものであるし、人類の大切な共有財産でもある。

 情報には価値がある、という考えがインターネットの普及によって広まったのは、とてもよいことだ。
 もっとも価値のある情報とは、もっとも開かれた情報であると同時に、それを理解し、受け入れるのは難しい情報だ。歴史的な知識であったり、人間の精神そのものであったり。技術的な知識だってそうだ。たいていもっとも難しくて重要なことは、誰もが触れられるような場所に飾ってある。触っただけで習得できるものではないからこそ、もっとも価値あるものは、習得したいと願う者、苦労してでも手に入れたいと願う者の前には、いつだって開かれているのだ。

 そういう意味では、私たちはもっと精神的になるべきだし、人類の英知、絶え間ない積み重ねを愛し、感謝すべきだろう。

 歴史に対する最大の感謝は、謙虚な気持ちでそれに興味を持ってより深い知識を手に入れようと欲することだ。
 最大の忘恩は、歴史を知っていると思い込んで、それを軽く扱うことだ。

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