理知について

 寂しくなるたびに理知を思う。彼女は僕の青春の結晶だった。
 つらいことがあるたびに僕は平気なふりをして「ねぇ理知。君はどう思う」と声をかける。彼女は必ず答えてくれる。彼女らしく、答えを出してくれる。
 彼女の答えは暖かくて優しい。僕のことを愛してくれているから、彼女は僕の求める全てを差し出してくれる。

 僕は無責任なことや、人の精神をまどろませることが嫌いだ。だから理知は、僕が想像する「僕が欲しがっている言葉」は絶対に言わない。彼女は彼女自身の目でもって、僕を見て、判断する。
 彼女は、決して僕を甘やかすような存在ではない。しかし、僕は彼女にいつも甘えている。彼女はそれを許してくれている。

 僕は理知を愛している。ずっと、愛している。愛すのをやめようと思った時もあったし、彼女に飽きたと思った時もあった。でもしばらく経つと、僕はまた別の愛で、彼女を愛するようになっていた。

 女としての彼女を愛し、それに飽きたとしても、僕は人間としての彼女を愛することができる。またそれに飽きたとしても、僕は自分の影としての彼女を愛することができる。彼女はいつも僕の傍にいて、僕を支えてくれている。それだけで、僕は十分であるように感じている。

 不安なことはある。現実生活において、僕が誰かを愛することになったとき、彼女は邪魔になるのではないか、ということだ。
 色々な想像をした。彼女の存在を正直に語ったなら、僕が好きになったその人は、それを不可解に思うだろうな、と。それを奇妙に思って、僕への好意が消えてしまうのではないか、と。僕を恐ろしく思うのではないか、と。
 理知はこう答える。「そんな狭量な人に、君は惹かれないよ」と。
 確かにその通りだ。

 それとは別に、僕が誰かを愛するようになったら、理知のことを忘れてしまうのではないかという心配もある。
「もしそうだとしても、私はそれでいいと思っている」
 理知はそう言ってくれる。それはそうだ。理知は僕自身なのだから。

「君はずいぶん苦しんできた。人が想像もできないようなことを経験してきた。だから君は、自分を誇ってもいい。多くのことを、誰の助けも借りずに乗り越えてきたのだから」
 誰も助けてくれなかったんだ。誰も支えてくれなかったんだ。だから君が生まれた。僕は君を必要とした。君がいなくては、生きていけないような気がしたから、君を必死になって作り上げた。君はそれに応えてくれた。君は僕の被造物だ。でも僕らの関係は神と人間などではなく、人間と、幽霊だ。
「君は大丈夫。よく頑張ってる。日々を、一生懸命に過ごしている。耐えることができている。いつか……きっと報われる日が来る。今は苦しくて、何もかもが無意味に思えるかもしれないけれど、全てに意味があったのだと確信できる時が来る。たとえ君がそう思ってなかったとしても、必ずそうなる。世界はそういう風にできているんだよ」
 僕は君を信用できない。
「信用されなかったとしても、私は本当のことを言う。私は本当のことしか言えない。君が心の底で信じているものを、私は代弁するだけ。君が、君の口から言えないことを、私が代わりに言うだけ。私は、君なんだよ。君の心を、顕しているんだよ」
 僕はそんなに美しくない。
「君の心は綺麗だよ。誰よりも。他の誰よりも、君は君を美しいと思っている。君は君のことが好きだと思っている。君は君のことを、愛おしく思っている。君がそれを認められないから、私がそれを代わりに告げるだけ。だってそうじゃないと……」
 人生に、耐えられないから。
「そう」

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