書評 最高の任務 乗代雄介 手紙、日記を書くを読ませるという形式の文学は新鮮だ。言葉が皮膚に絡みついてきた。
第162回芥川賞候補作の表題作と、中篇「生き方の問題」を収録。
「手紙」と「日記」を「書く」という行為から自分の過去を俯瞰的に振り返るという作品でした。
とにかく、これは良作であった。
表題作「最高の任務」は、簡単に言うと大学の卒業式の後に、「私」は家族旅行に連れ出される。道中、彼女は亡くなった叔母とのハイキングを思い出しながら、過去を俯瞰的に自分の中で再構築するという話しでした。
小5の時に叔母に言われて始めた日記。それは最初は叔母に向かって書かれたもの?。だったのだと思う。それが意味が変化していく。
「あんたは誰?」と日記の冒頭に書いてある。
日記とは、実は、自分とは何者であるかということを客観的に見ることができるツールなのである。
だから「あんたは誰?」とそれは問いかけているのと同じなのだ。過去の日記を読めば、その時、何を考えていたのかがわかり、「あんたは誰?」の答えが見つかるということなのだ。
「生きる為に、あなたは何をしますか?」と問いかける行為でもある。
物語じたいは、卒業式の後の家族旅行を通して、叔母との記憶を思い起こすという話しであった。
「生き方の問題」は従姉にあてた手紙である。
これは恋文と言っても良い。内容は読み方によるとキモくて、粘着質なストーカーみたいだ。
年上の従姉に、ずっと憧れていた彼。従姉は中学でアイドルになりイメージビデオを発売する。
それを何度も何度も心に焼き付けるほどに見る彼。そんな従姉が若くして結婚、妊娠、馬鹿みたいな名前の子供を産む。そして、離婚して、久々に呼び出され登山デート。その山中でエロい雰囲気になり、行為中に従姉が我に返って・・・。彼女は、彼をはめて自分と結婚させようとしていたのだと告白する。
その出来事を踏まえて、この手紙には彼の想いが綴られている。
書くことによって書かれる自分を再発見するという形式だった。
従姉との登山中の性行為の時に感じた視線というか物音。
あの意味は何だったのか?。彼女はソレを気にして途中でやめてしまう。
書くということで、主観的に現実をトレースする。つまり、己の心を深堀りしていくということだ。
あの時、彼は従妹に性行為を中断されて悲しんだ。彼もまた、彼女を望んでいたのである。
彼女にとって、あの「音」は神の声。罪悪感的なものだったのかもしれないし、彼にとっては「勇気」が試される場面だったのかもしれない。
帰りに寄った銭湯での会話が意味深だ。
「今日は、付き合わせてごめんね。全部、こういう生き方しかできないあたしが悪いから。祥ちゃんは気にしなくていいから、みんな忘れて」
気にしなくっていいからって、気にするに決まっている。過ちが過ちでないままだったら、セックスして、妊娠して、結婚していたかも・・・
その日の出来事や会話を手紙にして「書く」ことで、自分の感情を振り返っている。
ここが、この作品の斬新さだ。
「書く」ということには、自己を客観的に見るという意味合いがある。
その時は、よくわからなかったことが、しばらくしてから振り返ると本当の気持ちが「書いて」いる間に見えてくることもあるんだ。
彼は、彼女に手紙を書くことで、彼女への想いを再認識したわけである。
読書とは、本に書いてあることを読む行為なのであるが、この2つの作品は少し感覚が違う。
「手紙」「日記」を書くということを読んでいる感じになる。それはいつもとは少し違う感覚なのである。手鏡で映した文字を読んでいるようなめんどくささ。でも、それでしか見えない景色もある。
「日記」に書かれているのは、「あんたは誰?」ということであり、「手紙」に書かれているのは俯瞰的に見た自分の生の感情なのである。
にしてもエロい。こんな生々しい手紙を貰って女性は嬉しいのかな?。
とても面白かった。いい作品だ。
2020 2/13
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