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『海のはじまり』第8話 レンズを越えて父となる

フジテレビ系列で月曜9時から放送中のドラマ『海のはじまり』。このドラマは、『silent』や『いちばんすきな花』の脚本家・生方美久の最新作である。

※この記事には、ドラマ『海のはじまり』の内容が含まれます。『海のはじまり』はFODTVerで配信中です。

あらすじ

月岡夏(目黒蓮)は南雲家で暮らす1週間を終え、朱音(大竹しのぶ)、翔平(利重剛)、海(泉谷星奈)に見送られる。少し歩いてから振り返ると道まで出てきて手を振る海の姿が。2人は笑顔で手を振り合う。帰り道、夏は新田良彦(山崎樹範)の写真店で写真を受け取る。そして新たに2つのフィルムを現像に出す。ペースが早いことに驚く新田に、夏は旅行帰りだからとあいまいに返事する。帰宅後ベッドに横たわり写真を見る夏。楽しそうに笑う海に自然と頬が緩むが、次第に恋しさが募る。

翌日、夏は仕事の休憩中、ある人物へ電話する。呼び出し音ののち相手は電話を取るが何も言わない。「…急にすみません、母から連絡先を」と夏が言うと、相手は「夏?」と聞き返す。「はい」と答える夏に相手は穏やかな声で「おぉ、元気?」と続ける。夜、夏と百瀬弥生(有村架純)はスーパーへ。「今日、俺作るから」という夏に弥生は喜ぶが、ふと夏が海のことを思って作ろうとしていると察する。当たり前のように海の話ばかりする夏に弥生は複雑な気持ちを抱いてしまう。翌日、朱音は夏と出かけるという海の髪を結う。「なんで海も連れてくのかしら」とつぶやく朱音に、翔平はきっと心細いのだろうと答える。

夏は海を連れて喫茶店に入る。振り返ると、誰かを探している男性の姿が視界に入る。夏と男性の目が合う。「…お。いた」と近づいてくる男性。それは、夏の実父・溝江基春(田中哲司)で…。

海のはじまり - フジテレビ

父との再会

第8話では、夏が幼い頃に別れた実の父・基春との再会が描かれた。夏は、基春との再会に海を連れて行く。基春は、二十数年ぶりに会った夏に、少しおどけたような態度を見せる。それは、夏が真剣な話をしようとしても変わらない。もしかしたら、基春は自分の子供にどんな態度を取ってよいのか分からなかったのかもしれない。

さらに、基春は海の方を見ながら、「お前の子かどうかわかんないよ」と夏に言った。それを聞いた夏は、喫茶店の近くにいる大和を呼び出し、海を連れ出してもらう。感動の再会とはいかない。それは、夏も予想していた。だからこそ、大和を近くに呼んでいたのだろう。それでも、どこか期待してしまう。

「1回幻滅したくらいでね。諦めつかないんだよね」「実家帰るたびに、今日からうまくやれるんじゃないかってちょっと期待する」。自分の体験を話しながら、弥生は夏を慰めた。親との関係がうまくいっていない弥生は、何度も親に期待しては裏切られてきたのだ。

夏が基春に不信感を持ったのは、趣味が写真であることを基春が否定したからだ。幼い頃に基春からもらったフィルムカメラを夏はまだ使い続けていた。夏と基春をつなぐものが写真だったのだ。それを否定された夏は、心を閉ざす。

海のはじまり - フジテレビ

そんな夏と基春を写真屋の店主・新田が取り持つ。写真屋を訪れた夏に新田が言う。「2人とも説明が下手なんだよな。そっくり」。基春も夏と別れたすぐ後に、新田の元を訪れていた。基春が釣り堀で待っているという話を聞いた夏は、再び基春に会いに行く。

◯釣り堀
夏が釣りをしている基春の元へ行く。
少し離れて椅子に座る。

基春「おう。ああ……さお借りてこい。あっち」
夏「いい」
基春「ちょ、いいって……。何? まだ聞きたいことあった?」
夏「ここにいるって、聞いたから」
基春「お前、昔っからそうだったわ。後ろくっついてくんの。あれ面白かったな。トイレ行くだけなのにくっついてきて。ハハッ……面白かったんだよ」
夏「何が?」
基春「子供。お前、毎日違うんだよ。生まれてから3つまで、毎日違う顔してて。よその子は毎日おんなじなのに、お前、毎日違うの。目が合うだけで笑うし、気付いたら歩ってるし。面白い生き物がいるもんだなって」
夏「母が、全然育児に協力してくれなかったって」
基春「育児が面白いなんて言ってないよ。してないもん、ほとんど」
夏「なんだそれ」
基春「毎日違うから、残しとかないともったいない気がして。写真でも撮るかなって。薦められたの買ったら、現像しなきゃいけないやつで。めんどくせえし金かかるしで。デジカメで良かったんだよ。デジカメで」

夏がカバンからカメラを出す。

基春「そうそう、それ。撮ってみるとな。素人でもいい感じになって」

基春が夏に向かって手を差し出す。
ためらう夏。立ち上がり、おもむろに近づいていく。
基春がカメラを受け取って操作する。

基春「会わないならもういらないから。お前に欲しいか? って聞いたら、笑ったからやったの。趣味で買ったもんならやらねえよ。こんな高いの。3つの子に」

カメラを構えて夏を見る。
少し戸惑う夏。
シャッターボタンに指をかける基春。
レンズ越しに夏と目が合う。
カメラを下ろす。

基春「ここ。ダメだ。魚が生意気だ。はい」

基春、夏にカメラを返す。
釣り竿を持った基春が通路を移動する。

基春「よくそんな急に、父親なんてやる気になるな」

夏が後ろをついていく。

夏「急じゃないです。一緒に過ごして、色々考えたんで」
基春「昔の女が勝手に産んでたなんて、俺だったら無理だな。立派、立派」
夏「立派じゃないです」
基春「そんな責任感あんの。やっぱ俺の子と思えないわ」
夏「ないです。無責任です」
基春「謙遜するのも、俺の子っぽくないな」
夏「めんどくさいことになったって、思ったんです。おろしたとおもってたから。生きてたってわかってホッとしたけど。でもただ……自分の罪悪感から解放されただけで」
基春「めんどくさいよな」
夏「今もう、3年くらい付き合ってる人いて。普通に結婚とか考えてたし」
基春「あっちゃー……」
夏「ホントにもう、全部……タイミングっていうか、最悪で」
基春「最悪だ」
夏「知らなかったこと、責めてくる人もいるし」
基春「隠されてたってのも被害者だけどな」
夏「みんな悲しそうで。俺よりつらそうで……。でも多分、みんなホントに俺よりつらいから」
基春「どうかね」
夏「しかも優しいから……。言えない。こういうの言えない。怒ったり、わがまま言ったり、その人たちより悲しそうに、できない。俺だって悲しいのに。嫌いになって別れたわけじゃない人、そのまま1回も会えずに、死んで。子供のことも、病気も、なんも知らないまま死んで」

基春が立ち止まる。

基春「ここだな。よいしょ」

基春が椅子に座って釣りを始める。

基春「周りがみんな優しくて、悲しい悲しい、つらいつらいってやつばっかなのは、しんどいな。その優しい皆さんに支えられて、しんどくなったら連絡しろよ」

夏が基春に歩み寄る。

夏「面白いと思えたなら……何で一緒にいようとしなかったんですか?」
基春「久しぶりにお前抱っこしたとき、重くなったなぁって言ったんだよ。重くなった気がしたから。そしたらゆき子がわーわー泣き出して」
夏「何で?」
基春「何たら検診とかで、体重が増えてないって言われて。それが気掛かりで不安で心配で、ああだこうだわーわー言い出して」
「面白がるだけなら趣味。楽しみたい時に楽しむだけなら趣味。あなたは子供を釣りや競馬と同じだと思ってる。ハハハハ……。納得。興味しかなかったんだわ。責任もない。心配もしない。レンズ越しに見てただけ」

基春が釣り竿を置き、どこかへ歩き出す。夏がついて行こうとする。

基春「トイレだよ。ついてくんなよ」

再び歩き出す基春。突然立ち止まって振り返る。

基春「あ、お前、あれ偉かったわ」
夏「え?」
基春「子供の前で椅子蹴っ飛ばさなかったの。耐えたの偉いわ。ああいうのは面白がってるだけじゃできねえよな」
夏「……」
基春「まぁ、子供いてもいなくてもお店の椅子蹴っちゃダメなんだけどな。子供じゃねぇんだから」
夏「……」

夏が基春に背を向けて歩き出す。

基春「本音言いたくなったら連絡しろな」
振り返る夏。目があっても何も言わず、その場を後にする。
基春「フッ」
基春が鼻で笑うと、夏と反対方向へ歩いていく。

ドラマ本編と解説放送を元に筆者が作成

本音を話せる優しくない相手

基春は理想の優しい父親ではない。むしろ優しくなかったからこそ、夏は本音を口に出せた。夏は優しい人に囲まれている。月岡家の人も、南雲家の人も、弥生も優しい。だが優しいからこそ、言えない本音もある。

確かに、水季を妊娠させたのは夏だ。夏にその責任はある。ただ、水季は夏の意見を聞かずに子供をおろすのを決め、そしてそれをやめた。水季は子供を産んだことも、自分の病気のことも夏に伝えなかった。水季の死後、弥生との結婚を考えていたタイミングで、夏はそれらを知らされる。最悪のタイミング――そんな気持ちを、今まで夏は口に出せなかったのだ。

基春がシャッターを切らない理由

基春は夏にカメラをあげたことを覚えていた。ただ、写真を趣味と呼ぶことに抵抗があったのだ。「面白がるだけなら趣味。楽しみたい時に楽しむだけなら趣味。あなたは子供を釣りや競馬と同じだと思ってる」。そんな、ゆき子の言葉を基春は思い出す。基春はカメラを夏から受け取って、レンズ越しに夏を捉える。だが、基春はシャッターを切らない。

「レンズ越しに見てただけ」――基春は夏を育てられなかった自分をそう表現した。この言葉は夏にも突き刺さる。夏は、面白いからという理由で海や水季の姿を写真に収めていた。「面白い生き物」として、被写体として、レンズ越しに見ているだけでは、父になれないのだ。シャッターを切らなかった基春は、レンズを越えて、父として、夏と向き合おうとしたのではないか。

釣り堀と海岸

基春の後ろを夏がついて歩く姿は、第1話の冒頭を思い出させる(第1話の記事参照)。砂浜を歩く海を水季が後ろから同じペースで追いかける。海はふと立ち止まって振り返り、不安げな表情を浮かべる。そんな海に、水季は「行きたい方行きな」と告げる。娘の行く末を見守る母の姿だ。

海のはじまり - フジテレビ

一方、夏と基春がいるのは釣り堀である。釣り堀は、自然にある海とは違う。同じ水でもこちらは人工的な池だ。さらに、夏と基春の場合、先に立つのは父で、それを追いかけるのは息子だ。父の背中を見て、夏は本音を吐き出した。「ついてくんなよ」。基春はそう言って、追いかける夏を止めた。夏は基春と反対方向に立ち去る。夏と基春は再び別の道を歩み始めた。

弥生の本音

本音を口に出せない人物がもう1人いる。それが弥生だ。弥生も夏が優しすぎるがゆえに、本音を打ち明けられないでいた。そんな弥生は自分の本音を津野に打ち明ける。事情を知っている、それでいてちょっと突き放したような態度を取る津野になら本音を打ち明けられると弥生は思ったのだろう。

「海ちゃんのパパ始めようと思う」。夏は海にそう言った。はたして弥生は海の母になれるのか。そのために弥生が越えるべきものは何なのか。夏の終わりに、その答えは描かれる。

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