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『海のはじまり』特別編「恋のおしまい」 SUPERCARの『Lucky』が意味するもの

フジテレビ系列で月曜9時から放送中のドラマ『海のはじまり』。このドラマは、『silent』や『いちばんすきな花』の脚本家・生方美久の最新作である。

※この記事には、ドラマ『海のはじまり』の内容が含まれます。『海のはじまり』はFODTVerで配信中です。

あらすじ

2021年、夏。南雲水季(古川琴音)は4歳の海(泉谷月菜)と小さなアパートで暮らしている。テレビの情報番組は東京オリンピックのことを連日報道している。朝、図書館司書として働く水季は図書館入口近くの駐輪場で津野晴明(池松壮亮)の姿を見つける。時間を合わせるために、わざとスニーカーの靴ひもをほどき、その場にしゃがんで結び直す水季。津野は水季の存在に気づき「おはよ」と声を掛け、2人で図書館の中へ入る。

昼休み、休憩室でひとりで休む水季のもとへ津野がやってくる。そして「……南雲さんさぁ」と声をかけたのち、「なんか、どっか、行きたいところある?」と続ける。そして、2人で出かけないかという津野の提案に水季は驚きつつも、「津野さんのこと好きになりたくないんですよ」と自分の心を抑制していると告白して…。

海のはじまり - フジテレビ

「好きになりたくない」という告白

「ちょっと今自制かけてて」「津野さんのこと好きになりたくないんですよ」。これは、津野が水季をデートに誘った時の水季の返答である。この言葉から水季がすでに津野のことを好きになりはじめていることが分かる。

津野とのデートの日、水季はサンダルを履いて出かける。爪には青いペディキュアが塗られている。海を預かる朱音は、水季のペディキュアを見て、デートだと感づく。「子供のこと忘れていい日もあるよ」。朱音はそう言って、水季を送り出す。

水季と津野はバスで出かける。第1話で車に乗って海に出かけた水季と夏のデートとは対照的だ。2人だけで過ごすときも、水季は海のことが忘れられない。せっかく行ったプラネタリウムでも水季はつい寝てしまう。日々の生活があまりに忙しいからだろう。

プラネタリウムの帰り、靴紐がほどけた津野は、「先行ってて」と言ってベンチに座り、靴ひもを結び直す。冒頭で靴ひもがほどけたふりをして、津野を待ち合わせた水季とは対照的だ。

水季は津野の横に座り、津野の背中に体を預ける。2人の向こうの噴水に虹がかかる。2人は確かに思い合っている。だが、水季はすぐ海のことや日々の生活のことを思い出してしまう。2人はデートを切り上げ、水季の家に帰って溜まった家事をする。

◯水季のアパート
キッチンで人参を切る津野。

津野「こんなもん?」
水季「あ、いい感じです」
津野「これ切ったの、どうすればいい? 
水季「あ、タッパーに……」
津野「タッパー?」
水季「あっ……」
水季、戸棚からタッパーを出して津野に渡す。
水季「ここです」
津野「ありがとう」

水季が炊飯器を開ける。

水季「うーん……」
津野「おなかすいた?」
水季「あしたのおにぎり作って冷凍しちゃいます。あした多分早く起きれない」
津野「今日疲れたもんね」
水季「ぐっすり眠れそうです」
津野「寝てたけどね」
水季「星、綺麗でしたねぇ」
津野「綺麗でしたねぇ」
水季「握れます?」
津野「ああ、うん」
水季「えーっと、じゃあ……手」
津野「手」
水季「えーっと……お塩、お塩」

水季が津野の手のひらに塩をふる。

水季「はい。ちょっと多いかも。しょっぱい。しょっぱい」

水季が津野の手のひらに自分の手を重ねて塩を払う。
2人笑う。

水季「で、えーっと……あっご飯。ご飯ご飯」
水季、しゃもじで津野の手にご飯をのせる。
津野「具は?」
水季「お塩です」

おにぎりを作る2人。
津野が水の手元を見る。

津野「ちっちゃくない?」
水季「海の。2個食べたいっていうから」
津野「普通の1個じゃなくて!?」
水季「ちっちゃいのでも2個がいいって。大人ぶってんの」
津野「ハハハ……カワイイねぇ」
水季「ああ……おなかすいてきた……」
水季「ねえ、ご飯のこと考えてると」

津野、握ったおにぎりを1口食べる。

水季「えっ!? ちょっと! 私のあしたのおにぎり」

水季も自分の握ったおにぎりを食べる。

津野「ああっ、あしたの海ちゃんのおにぎりが」
水季「フフフフ……うん、おいしい」
津野「ねえ。おいしい」
津野「(もう一口食べて)うん。ちょっとしょっぱいかも」
水季「フフッ」

津野が自分のおにぎりを差し出す。1口食べる水季。

水季「うん……」
津野「ねっ?」
水季「しょっぱいかも」
津野「パン屋さんあったよね? 駅からの途中」
水季「うん。入口に犬の置物のある」
津野「うん、美味しそうだった。買ったことある?」
水季「ないです」
津野「えっ、買いに行こうよ。たまにはパンにしてさ。明日ギリギリまで寝てなよ」
水季「うーん……。あのパン屋さん、メロンパンが1個350円するんです。1回行ったことあるけど、買わないで出ちゃって。そしたら海が『なんで買わないの? 高いから?』って言って。恥ずかしかった」

津野が目を伏せる。

水季「ああ……また。ごめんなさい」
津野「俺もまあ、同じ職場だし、想像つくと思うけど。そんな稼いでるわけじゃないけど。でも、お金使うの、本くらいだし。あの給料のわりには、貯金ある方だよ、たぶん。うん。家賃とか光熱費とか、3人なら3等分だし。まあ海ちゃん払わないけど。いや……。俺が全部払うけど、実際は」
水季「津野さんのこと、好きです」
津野「うん」
水季「1回……。結構、何回か考えました。そういうの、どうかなって」
津野「うん」
水季「でもそれ、私がそうしたいんじゃなくて……。いや、そうしたいんだけど、それ以上に海がどうかってことで」
津野「うん」
水季「海のお父さんとして、ずっと考えてたんです」
津野「うん。いいよ」
水季「よくないです」
津野「いいよ」
水季「駄目です」
津野「お父さんとして、どっか駄目なの?」
水季「ううん。いいです」
津野「じゃあ、いいじゃん」
水季「駄目です」
津野「何で?」
水季「……」
津野「好きとか言っといて」
水季「それはホントに」
津野「人としてってやつでしょ。よく言われる」
水季「もっと……もうちょっと。なんかある好きです」
津野「もうちょっと何か……。何?」
水季「手とか握れます」
津野「そっか」

津野がみずきに向き直る。
水季が手を洗う。

津野「じゃあ、一緒にいようよ」
水季「ごめんなさい。フフフ……」
津野「ふざけて、ごまかさないで」
水季「アハハ……」

台所を離れる水季、洗濯物をたたみ始める。

ドラマ本編と解説放送を元に筆者が作成

津野のプロポーズ

水季のアパートでの共同作業で2人の距離が再び縮まる。2人は一緒におにぎりを握る。水季は付けすぎた塩を落とすために、津野の手に触れる。同じおにぎりを2人でかじり合う。そんなタイミングで、水季はまた日々の生活を思い出してしまう。近所のパン屋で350円のメロンパンが買えないのだ。

そんな水季の生活を支えると津野は水季に告げる。ほとんどプロポーズと言ってもいいだろう。津野との暮らしを水季も思い浮かべていた。「津野さんのこと、好きです」。水季は津野にそう言った。

だが、水季は津野の思いに応えられないという。水季は海の父としての津野を思い浮かべていた。海の父として津野は申し分ないと水季は思っている。津野もそれを受け入れた。それでも、駄目だと水季は言う。

水季の「好き」は、恋人としてではなく、人として「好き」ということかと津野が水季に問う。「もっと……もうちょっと。なんかある好きです」「手とか握れます」。水季はそう答える。それは恋人の範囲に含まれる「好き」ではないか。ならば、なぜ水季は津野の思いを受け入れられないのか。

間に誰か入らないと、つながれない関係

「自分が嫌なんです。今になって恋愛してるのも、それでいちいち前のこと思い出しちゃうのも嫌なんです」。水季は、現在の自分が恋愛をしていることや、その恋愛によって過去のことを思い出すのが嫌なのだという。水季は津野と一緒にいる時、夏のことを何度も思い出していた。津野に海の名前の意味を話す時、水季は言葉に詰まる。夏のことを思い浮かべていたからだ。プラネタリウムでも、夏の星座の解説が流れたところで、寝ていた水季は目を覚ました。水季は、そんな自分が嫌なのだ。

「2人きりになりたいなぁ。子供邪魔だなぁ。この子じゃなくて、この人の子供が欲しいなぁって思うようになっちゃうの、怖いんですよ。海がずっと一番って決めて産んだから」。水季は海のことを最優先すると決めていた。だから、うそをついてまで夏と別れたのだ。そんな水季には、ひとときでも海を忘れて津野と恋愛することができなかった。いや、したくなかったのだ。そんな水季の思いを聞いても、津野は水季に寄り添う。

この時の津野にはまだわずかに希望が残されていた。それを示しているのは、まな板の上に並んだ5つのおにぎりだ。大きな2つのおにぎりは、水季の分である。小さい2つのおにぎりは、海の分だ。残る小さい1つのおにぎりが津野に残されたわずかな希望なのだろう。

だが津野の希望は、すぐに打ち砕かれる。水季と津野は、朱音たちに預けた海を迎えに行った。水季と海が手をつないで歩いている。横にいる津野が水季に手を差し出す。手を握れる関係を津野は求めたのだ。それに気づいた水季は、「津野くんにも手、つないでもらおうか」と海に言う。津野との関係に、水季ははっきり線を引いた。津野が同僚の三島芽衣子(山田真歩)に語ったように、津野と水季は「間に誰か入らないと、つながれない」関係に留まった。

夏を夢に見る水季

水季は夏との思い出を夢に見ていた。大学で音楽を聞きながら寝ている水季を夏が起こす。「何聴いてんの?」。夏に問われた水季は、「夏君に言っても分かんないからなぁ」と返した。

水季はコンビニのおにぎりを差し出し、夏に具を当てさせようとする。だが、夏が一口食べても具に届かない。結局夏は、おにぎりの具を当てられなかった。夏が自分のことを理解してくれていないと水季は感じていたのかもしれない。

回想空け、図書館のスタッフルームの机に突っ伏して水季は寝ている。水季がイヤホンで聞いているのはSUPERCARの『Lucky』だ。水季のイヤホンから冒頭の歌詞が聞こえる。「あたし、もう今じゃあ、あなたに会えるのも夢の中だけ……」。

水季が目を覚ます。そんな水季の姿を隣の机から津野が見ている。「何聞いてたの?」と津野に問われた水季は「SUPERCAR」と答える。夏には分からないことが、津野には分かると思ったのだろうか。

「元カレの影響とかじゃないですよ」「むしろ私が教えてあげてたし」。聞かれてもいないのに水季は続ける。回想シーンで水季が聴いていたのも「SUPERCAR」なのだろう。「今でも好きなの?」。夏のことについて問われた水季は「手、届かないって感じです」と答えた。

恋のおしまい

テレビに流れる東京オリンピック閉幕のニュースを見た2人は、将来の海の姿を思い浮かべる。次のオリンピックの頃、海は小学生になっている。「大きくなったら、津野さんにお世話になることもだんだん減ってくるとおもうし」。そう言う水季に、「まだ当分かかるだろうし。海ちゃんのことなら頼ってよ」と、津野が返す。

「他に頼れる相手できたら。それはそれで、俺はもういいし」。そう言う津野に、水季は津野を指さしながら、「この人でさえ、私やめといたんですよ。こんな相手にもお父さんにも。いい人」と返す。「もうおしまいです」。水季は、もう恋愛をしないと言う。恋のおしまいとは、水季の人生における最後の恋を意味していた。

同じ時期、夏と弥生の恋が始まろうとしていた。まだ弥生と付き合う前だった夏は、電話で弥生をデートに誘う。電話口の向こうの弥生はペディキュアを塗っている。今何しているのか問われた夏は、音楽を聴いていたと答える。何を聴いていたのか問われると、「言っても分かんないかもしれないんで」と答えた。この答えはきっと水季をまねたものだ。夏が聴いていたのは水季に教わったSUPERCARの曲なのではないか。

SUPERCARの『Lucky』が意味するもの

SUPERCARは1995年に結成された4人組バンドだ。水季が津野に話したように2005年に解散している。水季が聴いていた『Lucky』はフルカワミキと中村弘二が交互に歌い、一部は同時に歌う構成となっている。

「あたし、もう今じゃあ、あなたに会えるのも夢の中だけ…
たぶん涙に変わるのが遅すぎたのね」(フルカワ)

見つかりにくいのは傷つけあうからで――(中村)

最近はそんな恋のどこがいいかなんて(中村・フルカワ)

分からなくなるの それでもいつか少しの私らしさとかやさしさだけが残れば(フルカワ)

まだラッキーなのにね(中村・フルカワ)

「今はどうしても言葉につまるから…卑怯なだけでしょう? それで、大人になれるなら辛いだけだよ」(中村)

傷つけ合う前に打ち明けられるかな(フルカワ)

内心はこんな僕のどこがいいかなんて(中村・フルカワ)

分からないんだけどそれでも僕に 少しの男らしさとか広い心が戻れば(中村)

まだラッキーなのにね(中村・フルカワ)

SUPERCAR『Lucky』作詞:石渡淳治

SUPERCARの『Lucky』の歌詞は、お互いに恋していた男女が、その恋を振り返っているように聞こえる。水季のイヤホンから流れる「あたし、もう今じゃあ、あなたに会えるのも夢の中だけ……」は、水季が夏を夢に見ている様子を指しているのだろう。

水季はイヤホンをしまう。そのあとの歌詞は流れない。だが、続く歌詞は恋人同士になれなかった津野と水季のことを歌っているようにも聞こえる。たとえ恋がうまくいかなくても、何か残るものがあれば、まだラッキーなのだと。

図書館のスタッフルームのシーンの後、津野が図書館で絵本の読み聞かせをしている様子が描かれる。津野は「おしまい」と言って絵本を閉じた。続くシーンでは、水季が海に絵本を読み聞かせている。水季も「おしまい」と言って絵本を閉じる。

弥生がペディキュアを塗っている頃、水季はペディキュアを落としていた。「余り過ぎた」。まだ一度しか使っていないペディキュアの瓶を見て、水季はつぶやく。津野との恋がはじまっていたら、再び使う機会があったのだろう。

日が明けて、津野は出勤前にコンビニで昼食を買っている。津野は、いつものようにカップ麺とおにぎり2つ手に取った。津野は、新発売のみかんヨーグルトに気がついて手に取る。みかんが好きな水季のことを思い浮かべたのだろう。だが、津野はヨーグルトを棚に戻す。

同じ頃、水季はおにぎりを握っている。自分と海のお弁当用だ。炊飯器に余ったご飯を見て水季は考え込む。津野の分を握っていくか悩んだのだろう。結局、水季はご飯をラップにくるんで冷凍庫にしまった。

2人は恋人同士にならなかった。もし恋人同士になっていたら、2人は傷つけ合う――水季はそう思ったのだろう。津野のことを好きだと思うたび、水季は夏のことを思い出す。そのことに気づいて津野はきっと傷つく。「傷つけ合う前に 打ち明けられるかな」。『Lucky』の歌詞にあるように、水季は津野と傷つけ合う関係になる前に、そのことを打ち明けられた。

恋人関係になれば傷つけあってしまう。「そんな恋のどこがいいかなんて分からなくなる」。だから、水季は恋をおしまいにした。恋をおしまいにしたことで、水季に「私らしさとかやさしさ」が残ったのかもしれない。津野もまた、恋をおしまいにしたことで「少しの男らしさとか広い心が」残ったのだろう。

恋人同士にならなかったといって、水季と津野の関係が終わるわけではない。海を通して2人の関係は続く。2人が出会ったこと、2人が恋人同士にならなかったこと、それはきっとラッキーなのだ。

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