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「みんな」にならないことで誰かが救われる ドラマ『いちばんすきな花』第8話

※この記事は、ドラマ『いちばんすきな花』の第8話までの内容を含みます。『いちばんすきな花』はFODで配信されています。

フジテレビ系で10月から放送中の連続ドラマ『いちばんすきな花』。このドラマの主人公は潮ゆくえ(多部未華子)、春木椿(松下洸平)、深雪夜々(今田美桜)、佐藤紅葉(神尾楓珠)の4人です。

第8話の冒頭は椿の家での主人公4人の会話から始まります。4人は嫌いなポジティブワードを出し合っていました。ゆくえは、「死ぬ気で頑張れ 死なないから」をあげます。これに対し紅葉は、「頑張りすぎると人は死ぬよね」と同意します。夜々も、「かすり傷いっぱい付けられたら死にます」と応じました。

見る角度によって違って見える

第8話では、主人公4人の知り合いである志木美鳥(田中麗奈)が同一人物であることが明らかになります。美鳥は椿の住む家の前のオーナーでした。第1話で紅葉は美鳥に会うために椿の家を訪れています。さらに、ゆくえにとって美鳥は学生時代に通っていた塾の先生、椿にとっては中学の同級生、夜々にとってはいとこのお姉ちゃん、紅葉にとっては高校の教師でした。ところが、美鳥の印象は4人ともバラバラです。それは美鳥本人が、同一人物だと認めても信じられないほどです。

ゆくえは、この不思議な偶然を、勤め先の塾の生徒の希子に話します。美鳥の印象が人によってまったく異なっていたことを、希子はたまたま教室にあった円錐に例えます。円錐は見る方向によって、丸に見えたり、三角に見えたりします。なぜなら円錐は平面ではなく、奥行きのある立体だからです。円錐と同じように、人間にも奥行きがあり、多面性があります。しかし時に人は、そのことを無視して、自分の見た印象がすべてだと決めつけてしまうのです。

椿から見た美鳥

椿にとって美鳥は、中学のクラスメートです。美鳥はよくケガをしていました。あるとき椿は母が営む花屋の前で美鳥をみかけます。美鳥は顔にケガをしていました。椿は母に頼んで美鳥のケガの手当をしてもらいます。

「これ、ケンカだから」と、美鳥はケガの原因を椿に説明しました。「ホントにケンカしてるんだ」と言う椿に、美鳥は「みんな言ってるでしょ」と返します。「みんな言ってるけど、見た人はたぶんいないし。志木さんから直接聞いた人も、たぶんいないし」と椿は答えます。美鳥のケガの原因はケンカだという噂を、椿はクラスメートから聞いていました。しかし、椿はそれをうのみにはしていません。むしろ、一方的な暴力でもケンカというのかに疑問を持っていました。そんな椿のことを、みんなとは違う、と美鳥は感じたようです。

美鳥は椿の家を度々訪れるようになりました。美鳥は、椿に将棋を教わったり、椿の母から料理を教わったりします。美鳥にとって椿の家は避難所になったのでした。

あるとき、椿は美鳥に将来の夢を尋ねます。美鳥は家が欲しいと言います。自分の家、帰りたい家、理想の家として美鳥は赤い屋根の家の絵を描きました。それは、いま椿が住んでいる、そして美鳥が以前住んでいた家によく似ています。椿はこの家を選んだとき、美鳥のことを思い出したと言っていました。きっと美鳥の描いた赤い屋根の家が記憶に残っていたのでしょう。

中学のみんなから嫌われていた――美鳥のことを、椿は回想の中でそう説明しました。しかし、少なくとも椿は美鳥のことを嫌ってはいません。椿は美鳥となら苦手なはずの2人組になれたのですから。椿は願っていました。美鳥がもうケガしていないことを。大人になって椿と再会した美鳥は、椿に「もうケンカしてない」と伝えます。

夜々にとっての美鳥

夜々にとって美鳥は、いとこのお姉ちゃんでした。ある夏休みの間、美鳥は夜々の家で過ごすことになります。美鳥は親戚の間をたらい回しにされていました。美鳥の母は、高校生の美鳥を育てるのを放棄していたのです。美鳥は、夜々に将棋を教えます。椿から教わった将棋です。将棋を教わることは2人だけの秘密でした。なぜなら、夜々は、母から将棋をしなくていいと言われていたからです。女の子だからという理由で。

親戚中から嫌われていた――美鳥のことを、夜々は回想の中でそう説明しました。しかし、少なくとも夜々は美鳥のことを嫌ってはいません。夜々は美鳥となら苦手なはずの2人組になれたのですから。夏休みの終わりに美鳥は新潟に帰りました。母も兄もいない新潟に。夜々は願っていました。美鳥が自分のいたい場所に帰れることを。美鳥は自分のいたい場所を見つけられるのでしょうか。それは、椿の住む赤い屋根の家なのでしょうか。

かすり傷でも人は死ぬ

美鳥の過去は、ゆくえの生徒の希子の状況と重なります。希子は学校にいる間の多くを保健室で過ごしていました。希子は、学校を早退して塾で勉強することも多いようです。希子のことを、同じ塾に通うクラスメートの穂積は心配していました。希子は自分のことを心配する穂積と距離を置こうとします。そのことに気づいたゆくえは穂積に何があったのか尋ねます。

みんなから嫌われてて――希子のことを、穂積はそう説明しました。「みんなって?」と、ゆくえは問います。「学校のクラスのみんな」と、穂積は答えます。

「保健室に給食持っていくの押し付け合ったり」
「いるとき、少しだけ聞こえるような声で、こそこそ話したり」

いじめとはっきり言えない、被害妄想と片付けられてしまうような行為が、クラスメートから希子に対して行われていました。「ずるいよね。かすり傷だけ、いっぱい付けて」と、ゆくえは言います。冒頭の「かすり傷いっぱい付けられたら死にます」という夜々の言葉が思い出されます。一つひとつの行為はいじめとは言えないかもしれません。しかし、そんな些細なことが積み重なって、人は死ぬことがあります。

「学校の先生って相談したら何とかしてくれるんですか?」と、穂積はゆくえに尋ねます。穂積は先生に相談することで余計に悪い結果を招くことを恐れていました。穂積の問いに、ゆくえはすぐ答えられません。

答えの代わりに、ゆくえは本当にクラスメートみんなが希子を嫌っているのかと穂積に問います。「はい」と答える穂積に、ゆくえは「穂積君もクラスメートでしょ」と重ねます。穂積は「はい」と答えました。「じゃあ希子、みんなに嫌われているわけじゃないね」と、ゆくえは確かめます。「はい」と、穂積は答えました。

穂積との会話のなかで、ゆくえは「みんな」の範囲を一つずつ確かめました。その結果、穂積は希子を嫌っていないことがわかりました。「みんな」が希子を嫌っているわけではなかったのです。いかにも数学の先生らしい論理的な問いでした。

「学校の先生はね、何とかしてくれる人もいるし、してくれない人もいるよ」と、ゆくえは先ほど答えなかった質問に答えました。「先生とかクラスメートとか、そういう呼び名じゃわかんないんだよ。その人がどうかでしかないから」と、ゆくえは続けます。助けなければならない立場にいる人が助けてくれるとは限らない。学校より塾の方が居心地のよかったゆくえにとって、学校の先生は、あてにならない存在だったのかもしれません。ゆくえにとって頼りになる存在は、同じ塾の生徒だった赤田や、塾の先生だった美鳥だったのでしょう。

「みんな」にならないことで誰かが救われる

「希子のこと、みんなから嫌われてる子だから嫌いって子もいるでしょ。たぶん」と、ゆくえは穂積に問います。「ほとんど、それだと思う」と穂積は答えました。穂積が「みんな」にならないことで希子が救われていると、ゆくえは穂積に伝えます。みんなと同じにならないことで、誰かが救われることを、そして、みんなと違うことを思ったり考えたりするつらさを、ゆくえは知っているのです。

穂積への対応が正しかったのか不安になったゆくえは、美鳥に電話で相談します。「間違ってない」と、美鳥は答えました。それを聞いて安心するゆくえに、美鳥は「私のお墨付きなんかあっても」と、言います。美鳥も自分の答えに自信がないようでした。

私ほら、嫌われてたじゃん。塾のみんなから――美鳥は、ゆくえの先生だった頃の自分をそう振り返ります。そのとき、横断歩道の横にあった円錐形のカラーコーンが、ゆくえの目にとまります。「みんな」とは違う美鳥が、ゆくえには見えていたのでしょう。ゆくえは答えます。「みんなじゃないよ。私と赤田は好きだったよ。好きだよ」と。

「みんな」にならないことで、救われる人がいます。世の中のすべてが敵に思えたとき、誰か1人でも味方がいるだけで、人は救われることがあるのです。第5話でも、「みんな」になることにしんどさを感じている紅葉の姿が描かれていました。紅葉がしんどさを感じたときに声をかけたのが、クラスメートの篠宮でした。紅葉も篠宮も「みんな」になれなかったことで、お互いのことを救っていたのです。第5話については、以下の記事に詳しく書きました。

『いちばんすきな花』についての記事をマガジンにまとめています。過去の記事は以下のリンクからお読みください。


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