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世間知らずの大学生が、日本の危機を感じるまで🚨

お久しぶりです。

今日は、内容が少し今まで書いたことのあるnoteと被る部分はあるのだが、様々な国へ行って感じたこと、特に“日本の危機”に着いて書き連ねていこうと思う。

1.日本人の学力・能力の限界
この1については別のnoteにて語ったことがあるのだが、今回はより詳しく書かせてもらう。
(ぜひ他のnoteもご覧ください😓)

教育面がその国の国力、そしてその国の今後の指針であると考える。
さぁそれはなぜか。2つに分けて述べていく。

1つは、国力について。
日本の教育現場を想像してほしいのだが、今の学生はどんな環境で何を使ってどのように学習しているか?
タブレットがほとんどの小中高で導入され、もはやタブレットなどのIT機器を導入していない学校の方が珍しいレベルである。
教科書などは科目ごとに細かく分けられていたり、板書を綺麗かつ、カラフルに見やすくまとめていたり、科目ごとにノートを分け整理しやすくしていたり、何かあるごとにプリントが配られたり、エアコンなどで気温など不自由なかったり、先生が黒板をカラフルに仕上げたり…
挙げ続けるとキリがないくらいだ。
ただ、少なくとも今挙げた事柄は、日本の教育の特徴である。
IT機器の導入など、国力が低い国でできるだろうか?答えは言わずもがなだろう。
ここで、ネパールと比較してみる。
ネパールばかり例に挙げるのは、ネパールの教育を実際に日本語を教える側として体験してきたからである。
ネパールの学校には、そもそもIT機器が完備されていない。そして、使える色は先生も学生も黒一色。ノートは少し余裕がある子でも3冊ほど…ほとんどは1冊を使い回していた。もちろんエアコンのようなものはあるわけがなく、天井についているファンだけが頼りである。電力供給が安定していないため、時に停電になりファンが動作しなくなることなど当たり前なのだ。
現地の平均気温は32度ほどで、私が滞在してた時は35度を下回ることがなかった。そんな環境で涼しい風を感じられずに座って授業を受ける。プリントなど配られるわけもなく、定期テストも先生が黒板に問題内容を書き、それを学生が自分のノートに書き写して回答する。そのような世界なのだ。
さぁこれを通して何を言いたいか。
国力が学生の学校環境の差につながっている。
だから、学校環境が国力を表していると感じた。
もちろん異論は認める。

2つは、今後の指針について。
これに関しては、国や、国力に関係なく言えることであるが、今の学生が今後の国の政治や経済を担っていく。だから、言葉選ばずに言うと、今の学生の能力次第で今後の国の在り方が変わってくる。だって、今の学生が国の政治や経済を担う時代が必ず来るのだから。

本題に入ろう。
単刀直入に言うと、今の日本の学生は環境に甘えてしまい勉強が身についていない、そしてネパールの学生に大きく差をつけられている。
と強く感じた。
私はネパールの学生と英語で交流していた。日本の小学2年生にあたる学生とも英語でコミュニティをとることができていた。
さぁ、同じことを日本の学生できるか?
日本はネパールに比べて素晴らしい学校環境が整っているにも関わらず、学習能力の面で劣っていると感じることが多々あった。
中学3年生にあたる学生に関しては、ネパール語・ヒンディー語・英語の3ヶ国語が話せることが当たり前のようであった。
この現実を日本と比べたらどうか。
このような学生が将来の国を担うと考えたらどうか。
申し訳ないが、現在の日本の学生とネパールの学生を比べた時、能力は圧倒的に後者が優っていると感じる。
ただ、日本の学生が馬鹿だのあほだの言うつもりは全くない。なぜなら私は勉強ができないからだ。偉そうな口叩ける立場ではない。
数十年後お互いの国の核を担う世代間の能力差が凄まじいことになるのではないか。
そして、これは良くも悪くもIT機器を筆頭とした便利なものに頼ったが故に起こる問題だろう。
だから、私は日本の教育は、何か大きな改革を行わない限り、学力・能力は限界に近づいていくだろう。
辛い環境でがむしゃらに勉学に励むのか、甘い環境でなるがまま勉学に励むのか。
大きな違いがあると思う。


2.人間力の低下
日本は良くも悪くも様々な家電製品が普及しており私たちの生活が豊かになっている。
最近ではAIが発達してきて、仕事を奪われてしまうのではないかと危惧されているほどだ。
地球温暖化の影響もあり日本の平均気温は上がりつつある。7月なのに最高気温が30度などとなっている。
日本人はよく暑い暑いと言っている。

間違いなく暑い。うん。暑いよ。
けど、エアコンあるやん?
扇風機あるやん?
電気止まる心配あんまりないやん?
シャワー、冷水浴びれるやん?
いいやん、耐えれるやん、涼しいやん。

私はいつもこう思ってしまう。
完全にネパールでの生活を通して人間として変わってしまったと感じる。
ネパールは年平均が30度ほど、今は35度が普通。
うん、日本より暑いよ。
けど、エアコンなんてものはない。冷水なんてものもない、扇風機あるかもけど電気頻繁に止まる。
どのようにして暑い環境を乗り越えているのか。
それは日陰に入る。それだけだ。
ネパールの人はみんな自分なりに少しでも涼しく過ごせる環境を見出し、生活している。

ネパールにAIに仕事が奪われるなんて問題あるのか?
マークシート型のテストなんかあるのか?
自動化されたものがあるのか?

全てないよ。ないんだよ。だから全て人間の手で行なっている。それも、日本よりも過酷な環境で。
良くも悪くも便利なものに頼るようになってしまった日本の現在。
それに対し、過酷な環境でも人間の手で、環境の変化に対応しつつ暮らしているネパールの現在。
さぁどちらの方が人間力が高いか。
明らかにネパールの方が高い。
人間力、特に環境適応能力や、個々の能力など、日本人がAIに頼ることで失いつつあるものをネパールの人は持っている。
便利なものに頼っているからこそ、日本人は人間力が他国に比べて劣っていると感じた。

以上のことを踏まえて何が言いたいか。
AIに占拠された挙句、人間力が劣ってしまった日本人。さらに追い打ちをかけるように他国に比べて学力面・能力面で劣ってしまう。
さらにさらに、止まらない少子高齢化、労働者不足。

今後の日本がどうなるか安易に想像つくのではないか?
だからこそ私は日本の危機を感じた。
このままじゃ、今よりも日本は衰退してしまう。
便利なものに頼るなと言うわけではなく頼っていいと思う。それが日本の技術だから。
ただ、そこをリカバリーできるくらいの新しい革命が必要だと感じる。

今回はネパールを例に多く出したが、発展途上国はほとんどが当てはまると思う。

辛い環境、不便な環境が人を強くする。
これに尽きると感じる今日この頃。

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