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アメリカ特許法の情報開示義務(IDS)ってむずかしい?

米国特許の実務をされている方で、IDSを知らない方は、そんなに多くはいないかと思います。
米国特許出願について、審査官に提供すべき所定の形式の文献情報がIDSですよね。
このIDSは、出願人に課された義務で、その後の権利行使に影響する非常に大事なものです。

もし、IDS違反があった場合に、誠意誠実の義務 (Duty of Candor and Good faith)の違反ということで、その特許の権利行使はできなくなります。
かつて、日本の出願人の保有する米国特許権の1/3程度は、IDS違反で、権利行使ができないというデータもありました。

米国法上の議論を追うと理解がカンタン

米国の法律では、出願人、発明者、代理人等の関係者が知っていたか、登録までに知得した情報を審査官に提供しなければいけないんですよね。
特に、ご自分の出願に含まれるクレームの特許性に影響を及ぼすと考えられる情報は、積極的に出さないとダメなんです。
しかし、ここ30年でさまざまな法改正や判例が出ていて、結構、こんがらがってしまいやすいテーマですよね。

米国特許法のIDSは、米国法上の議論を追うと理解できます!

紆余曲折しているアメリカ特許法の情報開示義務(IDS)

何でIDSが複雑かと言いますと、英語以外の言語のIDSの判断が、紆余曲折しているからなんです。
米国の規則では、英語以外の言語で書かれた先行技術文献を、IDSの提出文献とする場合は、提出文献の「英訳」、又は、「関連性についての簡潔な説明」の何れか一方を、提出しなければいけません。

この提出文献の「英訳」と「関連性についての簡潔な説明」が問題なのです。
米国の審査基準では、「英訳」を提出した場合は、「関連性についての簡潔な説明」は提出しなくてもよいこととなります。

この取り扱いについて、米国法上の議論を追うと大きく分けると3つの時代に分けられると思います。

1990-1995年頃のAbstractを提出していた時代

米国の審査基準では、手続き上、提出対象となる文献の「関連性についての簡潔な説明」として、Abstractを提出してもよい事になっています。
丁度、日本の特許制度の改正で、1990年12月1日以降の特許出願について、要約書の添付が求められたことがありました。

そのため、要約書の翻訳を提出することが、日本企業のIDS対応の主流の時代となりました。
丁度、当時は、バブル崩壊直後で、経済的な理由から、全文翻訳を行うのは、多くの企業にとって難しかった時代なんです。
日本企業の経済状況も厳しい局面であったため、特許出願費用として、全文翻訳を行うのは、非現実的だったんですよね。

そこで、当時の米国弁護士達のアドバイスもあり、日本の要約書を翻訳して、IDSとして提出していたのです。
それは、今ではサムソンと半導体エネルギー研究所の判例で、特許権が権利行使不能になるでしょ、と言われるかもしれません。

2000年の判決に影響を受けた時代

ですから、その前の実務では、要約書や重要だと思う明細書の箇所を翻訳して、IDSとして提出していたのです。
サムソンと半導体エネルギー研究所の裁判では、半導体エネルギー研究所が、ある文献の日本語の原文と、「簡潔な説明」として、全文26頁のうち、重要だと思われる1頁の英訳を提出しました。

これに対して、アメリカの裁判所は、簡潔な説明の表現方法について、出願人に自由な裁量を許しているわけではない!と部分的な翻訳の提出をIDS義務違反と言い出したんですね。
当然、提出文献における重要な教示を意図的に省略する権限など、出願人に与えていない、という厳しい内容でした。

また、IDSにおいて、英語以外で書かれた文献と、その一部の英訳を提出した場合、万一、英訳を提出した箇所よりも重要な箇所が、原文に存在していた場合、出願人が意図的に、審査官の目が重要な箇所から逸れるように仕向けたと解釈される、と警告を発したんです。

ここ30年で、英文以外で記載されたIDSについては、さまざまな法改正や判例が出ていて、結構、こんがらがってしまいます。
まずは、サムソンと半導体エネルギー研究所の判決が、特許業界にとって非常に大きなインパクトのある出来事だったんです。
でも、当時は、ちゃんと米国弁護士のアドバイスを聞いて、重要な部分のみを翻訳したりして、IDSとして提出していたのでしょ、じゃあ、その弁護士たちが悪いんじゃないの、と言われるかもしれません。

実際に、このサムソンと半導体エネルギー研究所の判決が出た後に、米国弁護士のアジア出願人のアドバイスも変化してきました。
具体的には、「関連性についての簡潔な説明」の提出ではなく、全ての情報を部分的に選択せずに、一切合切をIDSとして提出していく流れです。
審査段階で審査官が発した拒絶理由とか、そういったものも全て提出しよう!ということになりました。

背景としてあるのが、米国弁護士としても、出願人に間違ったアドバイスをすることによる、損害賠償の訴訟を避けるために、必要でないものも全て提出するように、アドバイスが変わってきたんですよね。
でも、これはアジアから米国出願する人たちにとっては、非常にコストがかかりますよね。
もともと英語でない文書が多かったので、今度は、それを全部翻訳しなければいけなくなるからです。

特許関係の翻訳料金って、普通の翻訳よりも料金が高いんですよね。
特許の専門性がある翻訳なので、ある種特殊な翻訳者でないと、きちんと翻訳できないからです。
そうなっていくと、英語圏以外の出願人にとって、ものすごく不利な環境が、アメリカ特許のプロセスで発生していて、不公平だね、という指摘もあると思います。

まさに、その通りですね。

Therasenseの判例を受けた時代

そのような傾向は、以下のヨーロッパの出願と関連したTherasenseの判例が出た時に、大きく変わりました。
この案件では、クレーム文言の解釈と、発明の特許性に関する審査官への主張が、米国特許出願と、ヨーロッパにおける対応出願とで異なっていたんです。
しかも、それに関する拒絶理由や意見書などを、米国特許庁には提出していなかったんですよね。

あれ、「関連性についての簡潔な説明」の提出ではなく、全ての情報を部分的に選択せずに、一切合切をIDSとして提出していかないといけないのでは?と思いますよね。
サムソンと半導体エネルギー研究所の判決では、何かを隠しちゃうと、特許の権利行使ができなくなるんではないの?という判例でした。

なんと、このTherasenseの案件では、米国の裁判所は、出願人は、そこまでの情報開示の義務を負っていない!と判決したのです。
つまり、外国の出願人は、絶理由や意見書などを、米国特許庁には提出する必要はないということです。

ここで、また、話が変わってきましたよね。

現在は?

現在、米国特許庁は、Therasenseの判決を受け、IDSの取り扱いに関する規定の修正の提案、予定されている修正後の規定内容の説明、及びパブリックコメントの募集を行っています。

つまり、外国の出願人は、絶理由や意見書などを、米国特許庁には提出する必要はないということになりました。


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