9月14日

「女の子は恋をすると可愛くなる」なんてあるわけないよねって、君は僕に笑って見せた。
その姿は僕にはもう充分眩しかったんだよ。
君と僕は幼なじみで、お隣さん。
少女漫画なら僕は君と付き合えてたかも知れないけど、現実はそう甘くなくて。
幼稚園も、小学校も、中学校も一緒。
高校だって同じ。
生まれてから今日までずっと君は僕を「てんちゃん」僕は君を「りりちゃん」って呼んでてさ。
りりちゃんは特別可愛いわけじゃないしクラスで目立つ方でもないけど、僕からしたらとっても可愛くてキラキラしててずっとずっと、好きだった。
りりちゃんはしょっちゅう「私ブスだから、可愛くなりたいなぁ」って言ってた。
それから、「恋をすると女の子は可愛くなるって本当かな。もし本当なら恋するんだけど、そんなわけないよね」って笑いながら冗談を言うんだ。だったら僕にしてくれればいいのに、なんて思いながら僕は君の隣にいたんだよ。
放課後はいつも二人で家まで帰る。
ある日りりちゃんが真っ赤な顔をして、僕に話したいことがあるって言ってきた。
僕の片思いが実るかもしれないって期待してまさに地獄に蜘蛛の糸が垂れてきたような気持ちだった。でも芥川の本と同じように蜘蛛の糸は切れてしまう。
りりちゃんが好きになったのは僕じゃなくて、クラスメイトの篠山だった。
「てんちゃんにしか話せないの!」なんて言ってりりちゃんは、篠山のかっこいいところを僕に語る。
それからしばらくして、りりちゃんは篠山と付き合い始めた。
篠山のもとに駆け寄って頭を撫でられるりりちゃんは、きっと世界中の誰よりも可愛い笑顔だった。
りりちゃんが振り返り僕に気づいて2人が僕の方へ歩いてくる。

「てんちゃん!!」
『知り合い?』
「うん!幼なじみのてんちゃん!」
『へぇ、じゃあ莉々香の事をいっぱい知ってるんだね。プレゼントを選ぶ時には、手伝ってもらおうかな』
「それはだめ!優斗が選んでくれたものがいい!」

あぁ。見せつけないでくれよ。
僕は、「りりちゃん」と「てんちゃん」の関係から抜け出せなかったんだ。
僕も一度だけでいいから、りりちゃんに天真って呼ばれたかった。りりちゃんを莉々香って呼びたかった。

『女の子は恋をすると可愛くなるって本当だったんだね』
りりちゃんにそう言うとりりちゃんははにかんで、てんちゃん、いっぱい相談乗ってくれてありがとね。って言ってきた。
『りりちゃんが幸せそうで何よりだよ、篠山、りりちゃんを大事にしてあげてね。じゃあ僕もう行くから』
僕はその場から逃げ出した。
りりちゃんは幸せそうで、篠山もいい奴で安心した。りりちゃんが幸せなら僕はそれでいい。
でも。でも、
『りりちゃんを可愛くできるのも幸せにするのも、僕ならよかったのに。』
呟いた言葉はオレンジ色の空に消えてった。

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