6月2日 山田芽衣

初登校。新しい感染病が流行ったせいで私の初登校は6月になってしまった。行事はなくなるし、今日だって初めての登校なのに時間をずらして集まるから、一年生のみんなに会えない。
事前にうちに届けられたプリントには登校時間は10:00と書かれていたけど、気合が入りすぎて早く着いてしまった。
憧れてた高校生活の初日だもん、そりゃね。
時計に目をやると9:20分を指している。
気合が入ってるとはいえちょっと早すぎた。
教室には一番乗りかな。
そんなことを考えながら扉を開くと教室のど真ん中の席に男の子が一人座っていた。
誰もみてないのに綺麗な姿勢で本を読んでるなんて、私だったら突っ伏して読んでるだろうなぁなんてぼーっと見つめていたら、男の子に怪訝そうな顔で見られてしまった。
やばい、気まずい。どこ座ろう。
席は真ん中以外全部空いてるから、私の好きな端も選べる。でも苦手なタイプの子が隣座ったらどうしよう。
プチパニックになった結果私は男の子の隣を選んでしまった。
「ねぇ、隣座ってもいい?」
男の子は気怠げに顔を上げて
『好きにすれば』と言った。
これは、話しかけづらいタイプだ。
真新しいリュックからあえてゆっくり荷物を出す。だってなに話したらいいかわかんないし。ただのファイルと筆箱と名札を出すのに5分かけたけどもうやる事がない。腹を括って話しかける。
「名前なんていうの?」
『とどろき』
「下のなま」『あおい』
質問を遮って答えてくるとは早押しクイズかなにかと間違えているのか????視線も本から全くずらさない。

なんて面白い子だろう。興味が湧いた。

「名前、どうやって書くの?」
流石にこっちを向いてくれるかと思ったら、名札をぽいと渡された。
「舎利弗 蒼」
「珍しい苗字だね!」と言えば聞き飽きたと言うようにため息をつかれる。
なんのこれしき。まだ諦めないぞ。
「私、山田芽衣って言うんだけどさ、ありきたりすぎてあんまり自分の名前好きじゃないんだよね」
ちらりと私を見たけどなんの反応も帰ってこない。次は何を話そうか。話題を探していると蒼が読んでいる本が目に入る。
秋。芥川の恋愛小説だ。私も読んだ事があるけれど、この無愛想な男の子がこの本を読むとは。
「意外」
うっかり本心が声に出てしまった。
『何が』
機嫌の悪そうな声で返事が返ってくる。
「いや、その本。読んでるの意外だなって」
『へぇ知ってるんだ。』
「うん。芥川の本いくつか読んだんだよね」
『他に何知ってんの』
会話が繋がった。
「羅生門、蜘蛛の糸、鼻。後は蜜柑とか戯作三昧」
『そっちも意外。うるさいから本とか読まない人間かと思った』
「失礼な!本くらい読むわ!」
ムキになって返すと蒼はくすりと笑った。
『芥川好きなんだよね』
「ふぅんいい趣味してるね」
『芥川は好きなだけ。趣味は執筆』
「もっといい趣味じゃん」
『それはどうも』
「私達仲良くなれそうじゃない?」
『そうかもね』
少しの沈黙。秒針の音が教室に響く。
「いつか、君の小説に私を出してよ。例えば…蜃気楼の見える海岸で一緒に過ごすYちゃんとかね」
『その前に僕の本を装丁するのが先だろう』
「そしたら私君をモデルに絵を描かなきゃ」
『じゃあ僕は子供宛の遺言書に山田の教訓に従うように書くのかい?』
また2人は黙り込む
「やるじゃん」
『当たり前』
私と蒼以外には誰もいない教室で、馬鹿みたいに笑った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?