泣けるカラオケ。

カラオケで歌うと、必ず泣けてしまう曲がある。ガチ泣き。

手紙 〜拝啓 十五の君へ〜

アンジェラ・アキの名曲なので皆さんご存知だと思いますが、いい曲だと思うんですよ。設定はありがちかもしれないけど、内容がね、リアルで濃い。どちらかと言うと15の僕の方が(1番)リアル感が強いですよね。思春期の突き刺さるような痛みや辛さを切々と訴えていて、ああ、そんな時期ってあるよなぁと思う。みんなが通ってきた道だから共感できる部分が多い。「負けるな」って言ってあげたくなりますよね。

に対して大人の僕は、それまでの経験を振り返って返事を書いている。大人だからこそわかる、思春期を乗り切るつらさ。そして、実はその思春期を乗り越えてからの人生にも負けそうで、泣きそうになることがたくさんあることを知っている。それでも、明日を信じて恐れずに前に進もうと歌っています。

で、わたしがいつも泣けてしまうのは2番の出だしのあたりから。「荒れた青春の……」のところに来るともう声が震えてしまって。大きな声で歌ったら絶対嗚咽を漏らしてしまうのがわかっているので、ぼそぼそ歌っています。

どうしてそんなに泣けてしまうのか?

実はうちは子育てがちょっと大変で。このことは書かないって決めてたんですけども。育てるのが大変だったからこそ、子供にとってその先にある苦しさや辛さを考えると他の子以上に困難があるのではないかと予測できるのです。まさに、迷うことなく自分を信じて、夢を信じて歩いて欲しい。たとえ暗闇に包まれても自分が信じているものを灯火にして歩いてほしい。

そして大人になったその先も、他の人とは違う生きづらさが残るかもしれない。歌の歌詞以上に困難の立ちはだかる人生があると思う。でも、負けないで、泣いてもいいけど消えてしまおうと思わないで自分自身を受け止めて生きてほしいとそう思うのです。

それは、綺麗事じゃなくて、親だから。親だからこそ最期まで連れ添ってあげることはできない。いずれ先にわたしの方が死んでしまう。わたしがいなくなった時に、自分を見失わない人生をひとりで歩ける人になってほしい。

そんな思いが、何度歌ってもぶわーっと心に溢れてしまって、それでも一緒にカラオケに来ている子供たちの前では泣くわけにはいかず、今日こそ大丈夫と選曲しては、ぼそぼそっと歌うことになるのです。

いわゆる、心の琴線に触れるってやつなんでしょうかねぇ?

アンジェラ・アキさんには脱帽です。

先日、Twitterのタグで「10年を振り返る」みたいなのあったんですけど、うっかり20年を振り返ってしまって!そんなこんなで子育てに追われて、自分も体調を崩しては「お母さんが元気じゃないと」とたくさんの方に励まされ、支えられた20年でした。20年の間、小説を書くなんて思いつかなかったよ、本当に。

歌の最後に「読んでいるあなたがしあわせであることを……」とあります。これはお互いに、お互いのことを思っているのかなと思いました。

うちの子じゃなくても子育てって大変ですよ。まさに一大事業。妊娠から始まって、なんと言っても人間が一人育つのですから。哺乳類以外の生き物は生まれた時から自分自身で生きていけるようにできていますが、哺乳類である人間は、親(或いはそれに変わる存在)に育てられないと成人できないのです。

子育てしてわたしが悟ったのは、大変な時には「子育てって大変!」と言ってもかまわないんだってことです。そこで見栄を張る必要はないんですよね。わたし、そこのところ、ずいぶん長く間違っていて「大変だ」って言ったら自分の負けだと思っていたんです。でも大変なものは大変なんだし、そこで口に出さないで溜め込んだら物事は悪い方向に進むんです。みなさん、声高に「子育てって大変!」と言いましょう。大変なんですから。

そう言えば、歌詞の中に「keep on bilieving」とありますが、わたしは子育てが辛くて毎日が辛かった時によく車の中で宇多田ヒカルさんの「Keep Tryin’」聴いてました。それを聴きながら辛い気持ちをぐっと噛みしめて子供の送り迎えをしていた覚えがあります。頑張ったらダメなんですけど、tryという動詞は「頑張る」という意味だけじゃないので。泣きたいほど(泣いてたけど)辛かった時、「挑み続けよう」という歌詞がわたしの背中を後押しし続けてくれました。

やっぱり宇多田ヒカルさん、すごいな!

というわけで今日は子供が定期テストで帰りが早かったのでカラオケに行ってきた、という話でした!全国のお父さん、子育ての愚痴、奥様からよく聞いてあげてくださいね?よろしくお願いします。

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