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海に会ってきた

 深夜、とうに子どもが寝静まった頃、私は洗面所で顔のマッサージをしていた。そんな折に突然降りてきた、心の平穏。すべてを受容し、すべてを否定しない心がそこにあった。
死んだらこんな気持ちになるのだろうか?
そもそも体を手放したならば心までも失って無になるのでは?
久しく、いえはじめて抱く心の様子に戸惑いながら迎えた翌日、急に大腸の過活動、食道けいれんのような胸の痛み、あぁ痛いのはいやだ、まだ死にたくない、と昨晩とは打って変わって落ち着きがない。



 別れた夫と息子が計画した一泊旅行のゲストとして海辺の温泉地に赴いた。
縦貫道をひたすら北上すると夕陽の美しさで有名な浜辺に出た。日本海が広がる。裸足で浜辺を歩いた。砂はあたたかく踏みしめた時に足が吸い込まれるように沈む。波はざざっと音を立てながら荒っぽく引いては打ち寄せる。勇気を出して波打ち際に近づくとそこには魔物がいた。 
いや私が見たのは風や月の引力によって生じた波、それは気圧の高低差によって発生した空気の動きによって振動が水に伝わり起こる運動。しかし私には畏怖の念を抱く対象がいるようにしか見えなかった。
人生片手で数えられるほどしか会ったことのない存在に久方ぶりに再会した。
こんなに遠くまで来られるようになったのだと、しみじみと感じられた束の間の休日、私は平穏の一端を確かに自分の中に見ることが出来た。


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