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一首評:藤原建一「2020年9月19日 日経歌壇」掲載歌
山なかの人なき沼に釣竿が浮きて啄木鳥の音けたたまし
不穏。どこまでも不穏。
作者が「山なか」のひとけのない沼に来て、その沼に釣竿が浮いているのを見かけた光景をうたったうたと読める。
が、「ひとけがない沼」ではなく「人なき沼」といううたうことによって、映画のワンシーンのような、あるいは神からの視点のような、俯瞰的な映像が頭に浮かぶ。
啄木鳥の音にしても、「けたたましく聞こえる」ではなく「音けたたまし」とうたうことで、誰も聞いていない中にただ啄木鳥の音がそこに鳴っている印象が強く残る。
啄木鳥がけたたましく木を突き続ける音は、ある種の攻撃性(刺したり撲ったり)も想起させる。
それにしても、いったいなぜ釣竿だけが沼に残されることになったのだろうか。
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