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一首評:藤原建一「2021年8月28日 日経歌壇」掲載歌

知らぬ猿が冷蔵庫から顔を出す熱波の歩道を戻りし真昼

藤原建一(2021年8月28日 日本経済新聞 日経歌壇 穂村弘 選)

上の句から読んでいくと「そんなことがありうるのか?」という気持ちにまずはなる。ありうるとしたら魚屋とかにある大きな冷蔵庫だろうか。丹後半島のような山間部も近くにあるような海沿いの街。そこの漁港や魚屋の冷蔵庫に迷い込む猿……

冷静に考えてみると「知らぬ猿」というのはちょっと不思議な言葉だ。じゃあ「知っている猿」がいるのか。そんなひとがどれぐらいいるというのか。

そうした不思議な気分になりつつ下の句を読むと、これが起こったと思しき季節やタイミングを知らされる。すると一瞬納得しかける。「ああ、熱波を感じるほど猛暑の歩道を歩いて買ってきた真っ昼間なら、そんな幻覚を見ても仕方がない」と。

真夏日の幻覚……いや、本当に幻覚ということで納得していいのだろうか。

こじつけのように実景的な読みを考えるなら、暑さでふらふらになりながら帰宅して、冷蔵庫を開けてみたら、冷蔵庫に入れてあったガラスのコップか何かに、自分の暑さで赤くなった顔が写り(ガラスのコップの湾曲でさらに歪んだ顔になっていたのかもしれない)、まさに「知らぬ猿」のような異形に見えた……そんな瞬間を切り取ったうたとして読むことはできそうだ。

いや、やはりこのうたは、熱波にやられたかのように「よくわからないこと」に中てられて、そのまま「わからない」まま飲み込んだ方が味わいがあるのかもしれない。

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