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ブランチとコヒーレント (16)

2022年10月のブランチ (1)

9月のねこさん生誕ライブがあった週末はMusic Bar Cordaでねこさん生誕イベント。土日の2日間にはねこさんとキャストさんコラボで弾き語りの時間があったり、誕生日当日へのカウントダウンなどで盛り上がった。けど、その2日間でねこさんと自分の間の会話は本当の皆無。その間何回か来店したものの、ねこさんからはいらっしゃいませの一言も無いあり様だった。どこで尻尾踏んじゃったんだろう。

そんな状態のまま10月に入ったある日、オタクモードのたてみんさんと推しへの気持ちについて語る。オタクモードのたてみんさんの推しへの気持ち、考えはまさにお手本のような推しへの愛。

一方、自分は推すとという気持ちとねこさんへの気持ちに区別が相変わらず付いていない。周りからガチ恋と言われたりするし、そうなんだろうなと思う反面、いつか近い時期に確実に来る、ねこさんの身の回りの変化であっさりと全てが途絶えるのだろうなとも想像している。

若かりし頃に片想いをしていた時の、何とかして彼女の一番になりたいとか、苦しいような、疼くような胸の痛みは全く無いし、突然いなくなったとしても受け入れられる。まあ、自分の立場上それは当然。

もしもねこさんが他の人には見せない喜怒哀楽を自分にだけ見せてくれるなら、すごく嬉しさを感じるだろう。そしてねこさんは僕の歌姫という事。これは推すという事なのだろうか?よくわからない。

そんな話をしている時、たてみんさんが問う。

「じゃあ、コルダが無くなったらどうする?」

まぁそれもいつかは必ずく来る。けど、それは辛い。

「やばいですね、死んじゃうかも。」
「あははは、メロン、コルダ好きだもんね。」
「ですねぇ、なんなんでしょうね。無くなったらもうおしまいかな。次は考えもつかない、考えたくもないですね。」

Music Bar Cordaは特に日替わりのご飯が凄い。毎日違うキャストさんが違うメニューを自身で考え、食材の調達から提供まで行う。まるで料理上手な奥さんが10人以上いるみたいだ。興味深いのは皆、出身地の傾向が出ている事。いつのまにか、その日の担当で味噌汁の味がいただく前に想像つく様になった。きっと味噌汁のブラインドテイスティングしたら、全部作った人を誰か当てられると思う。

ねこさんは基本薄味だけど、みんなの反応が気になってか最近は明らかに濃い目になってきた。ねこさんの薄めの味が格別に好きだったんだけどな。



10月16日。またまたビックイベント、Corda Fesと燎ワンマンライブの二本立て。箱は目黒鹿鳴館。これまた凄い箱。

目黒鹿鳴館は自分が学生の頃からという程の歴史があり、自分の学生時代はビジュアル系ロックバンドの聖地だった。正直な所、当時ビジュアル系はなんで化粧してんねんとか思ってあまり相手にしていなかったので縁はなかったのだけど、今から思えば食わず嫌いだったな。通っておけば良かった。



前半はCorda Fesと称して、Music Bar Cordaで働く現役アイドルのキャストさんがステージへ。コルダで話す事はあってもステージで歌う姿を観た事がないキャストさんは多い。

面白いのは、コルダで働いている時の振る舞いとステージ上での振る舞いにはどこか通じるものがあって、人によってはステージ上はその特徴が増幅されている人がいる。演じるとは言っても、自分とは別人になる人と、自分のデフォルメが披露される人がいるのだな。

燎はコルダのお店のユニフォームで登場。いつも馴染みの燎だった。

続いて午後は燎のワンマンライブ。数ヶ月前から冗談めいた感じで果南さん、ねこさん、たてみんさんが映画撮ってるって騒いでいて、単に興味を持っているだけかと思ったら、本気で撮っていた様だ。今回は新曲が3曲も投入されるという事で、更に驚き。さて、どんなライブになるのだろう。

いつもと同じ感じで始まった燎のライブ。2曲目には自分が好きなハレルヤという曲がくる。イントロが流れると、いつも左肩に掛けている燎タオルを右手に持ち、サビを待ち、来ると掲げてタオルを回す。自分は五十肩にはなっていないな、と思いながら。

自分は歳を重ねる度に感情の起伏を失い、他人への興味すら失っていた。そんな状況に訪れた転換点がねこさんであり、燎の存在。

いつも老眼がきついとか、自分が好きだったバンドの名前が出てこないとか、記憶がどんどん飛んでいて自分が今まで通ってきた道が消えてる、自分はもう消滅するのみの様だ。

けど、ハレルヤは、あなたは確かにここにいるし、それだったらこれから道作ってけばいいじゃない?と言われている様で、もういっちよ生きてみようかな、と思える。

果南さんの詩にこういう気持ちを貰えると言うのもなんだか笑える。

数曲を終えると、下手からさーっと白い幕が引かれ、おもむろに映像が流れ始める。

ここからは、映像が公開される事を期待して触れるのはやめよう。果南さんとねこさんが演じる不思議な世界が広がる。15分ほどの映像の後、幕が開き再び燎のライブ、そしまてまた幕が引かれて後半の映像が流れる。

果南さんの頭の中はどうなっているのだろう。果南さん作詞の、"海鳴りサテライト" で感じる様な静かさと揺らぎが、映像からも感じられる。



映画が終わり、また幕が開く。そこに立つのは新しい衣装を着た二人。グレーと紺のツートンの、不思議なシルエットのワンピース?と言ったら良いのか。

果南さん作詞の新曲2曲は、物悲しい、まるで生を失った今、かつて生きていた頃を懐古するかの様な描写。けど終末戦争後の完全に破壊された瓦礫の世界ではなく、どこかに人の温もり、そこに確かに存在していたんだという残像がある。果南さんの詩には何故か水がいつもそこにあって、自分を包んでいたり、何かを分け隔てている。そしてそれは氷水のような冷たさではない。

その他大勢ではない、自分にとって別格だった人が自分の空間や時間から消えた時の心の穴。その時は悲しみであったり空虚感であったり、はたまた怒りであったり、それが時間の経過とともに角が取れて、いつの間にか自分の一部にすらなっている。

そんな果南さんの詩から勝手に感じているイメージ。それが今回もまんま自分に射影されてくる。ステージの二人は、それを視覚として再現してくれている。



2曲が終わり、照明が最小限に落ちる。ねこさんの声。

「それでは最後の曲です。聴いてください。四葉。」

ピアノのイントロが流れ出し、ねこさんの声が静かに言葉を紡ぎ始める。

最初のワンフレーズを聴いた瞬間、これはあかんやつや、と思う。頭は聴くことを拒否し始めるているのに、歌詞が否が応にもねじ込まれてくる。

ありがとう、ごめんね

そうなんだ、ごめんね、なんだ。
sus4とadd9のテンションが浮遊感を醸し出していて、着地しない。ねこさんの中で、まるでまだ着地していないかのよう。落とした四葉は、今もまだ青いまま、なのか。



アンコールが終わり、終演後の物販。ねこさんと四葉の話をする。
歌詞は情報量が多すぎて、少なすぎて、どうしたら良いのかわからない。
ねこさんに、歌詞を文字で読みたいな、と図々しくもお願いする。

その晩のねこさんのツイート。お疲れのところ、早速ありがとう。

そして、何かを背負った気分に。勝手になんだけど。

このライブの前、amuLseと燎のツーマンライブの物販で、果南さんが言ってたな。ねこさんの新曲聴いたらロンロン泣いちゃうかもよ?って。
果南さんはなにかにつけて自分を泣かせたいみたいだけど、俺、そういうキャラじゃ無いから。



後日、Music Bar Cordaでねこさんと四葉について話す。
思い切りストレートに、歌詞のシチュエーションについてぶつけてみた。

「歌詞は誰が聴いても、自分の経験に重ねてもらえるように言葉を選んでいて、わしの事を書いているわけではないんだよね。」

そうなのかな。

2022年10月のブランチ (2)

Corda Fesと燎ワンマンが終わり、オタクたちの次の話題は、果南さんの生誕イベントへと移り変わっていく。

お店の中では、今後の予定、例えばライブの日程などはよく話題にあがる。
コルダの常連オタクはそれぞれ推しが違うのだけど、互いによく話をしていて、それぞれのキャストさんのライブに足を運ぶことも多い。日程が被ることもあるので、それをどうハシゴするか、その合間いつMusic Bar Cordaに顔を出すのか互いに話をしている。

燎はこれまで平均すると週1ペースでライブをしてきていた。ところがワンマンの後の予定はみっきゅんの生誕のみで、その後の予定の発表が無い。これまでハイペースな上に大きな自主イベントが続いたので一息入れるべきだよな、と思う。

正直、燎ワンマンの時のねこさんは、ダンスについては精彩を欠いていた気がする。やる気が無いのではなく、疲れて体が動かないという風だった。精神的にも何かしらあったのかもしれない。正直なところ、この頃のねこさんはあれっと思う事もあり、気が気ではなかった。自分が包んであげられたら、と何度も思った。ホントにしたらそれは出禁案件だし拒絶されるのは明らかなので、遠目で見守るしかないのだけど。

10月31日、ハロウィン当日。
Music Bar Cordaで月曜日からバカ騒ぎをした後、お店を出てビルの1階でオタクどもがたむろする。話題は果南さんの生誕はどうなるのか、という事と燎の今後の予定。

ここまでライブの予定が出ないのは何かがありそうな気がする。みな同じ事を思いつつ、あまり突っ込まずに果南さんの生誕どうするよ?という話を続ける。15分ほど話をした頃、ビル4階の階段踊り場から果南さんが下を見下ろし、一喝。

「みんな早く帰りなさいー」

みんなすごすごと帰途に着く。

帰りの電車の中、次のライブはいつだろうか、などと考えながらTwitterを開く。

ついさっき、果南さんはいつもと同じ笑顔で皆を送り出してくれていた。
その向こう側で、果南さんはどんな気持ちでみんなと接してくれていたのだろう。この話を事前に聞いていたであろうねこさんや他のキャストさんは、どう思いながらみんなと接してくれていたのだろうか。

Music Bar Corda がなくなるのは自分は辛い。けど、それ以上に、色々なしがらみや気持ちや大人の事情を背負いながらいつもと同じ笑顔で接してくれていたキャストのみんなの気持ちや気苦労をを想像すると、胸が苦しくなる。

そうか、もうみんなと、ねこさんと話す機会もほとんど無くなるんだ。考えてみれば、Music Bar Cordaに通う様になる前、1年前の状態に戻るだけ。そうなんだけど。

そうじゃないんだ。みんなは、もう自分の生活の一部になっていて、自分自身の一部になってくれているんだ。

また、大事なものを失うのか。

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