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ブランチとコヒーレント (22)

2023年2月のコヒーレント (1)

怒涛の1月はあっという間に終わり、アイドルユニット燎の再始動を無事見届ける事ができた。

燎は着実にライブのブッキングを進めていて、正に再始動。平均すると週1回を超えるペースは小休止前と同ペースになってきた。

自分はできる限りライブに顔を出そうと画策するのだけど、既に行けないライブがいくつか見えてきた。残念だけど、まあ仕方ない。

そんな話をオタク連中と話していたら、先輩オタク曰く、無理して顔を出そうとすると金も時間も精神も保たなくなる、と。

精神面で言うと、それが義務感となった上で自分の期待した状況にならないとそれが苛立ちや無力感につながっていくという。なんとなく自分が感じる気持ちと同じような、違うような。義務感という言葉がピンと来ず、何が期待なのかと話を聞いてみる。

そう言えばこれは同じ話を別の人から別の日に聞いた事があった。



ごくたまに会って話をする人がいる。本名は違うだろうけど、うららさんと呼んでいる。いつ初めて会ったのか記憶が曖昧、だいぶ前。

野毛のバーで数席空けて座った女性で、退屈そうに何かカクテルを飲んでいた。ぱっと見25歳より若いかな、くらい、背格好はとても華奢で、多分、体格はねこさんと同じくらい。顔のパーツがそれぞれ大きくて、化粧は薄めだけど主張が凄い。自分は気配を消してウイスキーを飲んでいた。

バーテンダーさんと自分の間でウイスキーの甘みの話になった。自分はスコッチウイスキーの甘味と言うとGlen Tauchers(グレン トファース)の蜂蜜のような甘さが印象的と話をしたら、うららさんがふと反応したのをバーテンダーさんがすかさず拾う。

バーテンダーさんが試してみます?とちょっとだけトファースを注いでうららさんに。ストレートのウイスキーはきついけど、味を知るにはやはりストレートが良い。

うららさんが恐る恐るウイスキーをちょっとだけ口にする。最初、アルコールの当たりにうっとなるも、しばらくして、なるほど、という顔に。どうやら蜂蜜の感覚が伝わったらしい。

それをきっかけにポツリと話し始める。可愛いしアイドルとかやったらファンつくんじゃないの?と言ったら、友達が地下アイドルやっていた事があり、色々面倒そうだし練習とかダメだから私はやらない、と。

ねこさんの事をちょっと話してみた所、私もアイドル好きなの、と来た。何度聞いても覚えられないのだけど、有名どころの女性アイドルグループをまだ弱小の頃から追いかけており、福岡や仙台にも足を運ぶほどらしい。

そして筋金入りのオタクである事や、男性地下アイドルを追いかけていた時期があったりと話が続く。凄い時は物販1回に8万円くらい突っ込む事もあったらしい。

それ以降、ごくたまに会ってオタ活近況報告をするようになった。

うららさんは気まぐれで、自由奔放だ。それは推しを相手でも変わらずらしい。ライブの予約が取れてたのに行かないと言うので理由を聞いてみたら、以前の物販でインスタントカメラの写真を撮った後のお話の時間に、そのアイドルさんが他のオタクの話をし始めたそう。

ちょっとは話を聞いたのだけど、私は往復の飛行機代や宿泊費まで使ってあなたに会いに来たのであって、他のオタクの話を聞きに来たわけじゃないと、あからさまに表情に出して、会話の制限時間をこちらから打ち切って撤収したそう。その後ライブに行った話を聞いたので、また観に行っているのだろう。その時はどんな会話になったのだろうか。



うららさんと会う事があると、オタクの心理状態に関する話をよくする。

彼女はその時の気持ちを言葉にしてくれるのだけど、分かりやすくて自分も理解できる。その上で自分が抱える、対象との関係と気持ちの矛盾やギャップがどういう構造なのかも説明してくれる。

うららさんは自分で気まぐれといいながら、単なる気分屋ではなく自分を客観視もしているようだ。話しながらその時の気持ちを表すかのようにくるくる変わるうららさんの表情を眺めながら、うんうんと聞く。自分が感じる気持ちを客観視する時の参考資料として申し分ない。

燎は先月下旬から 動画配信サイトで音声のみの配信を週一で始めている。タイトルは、燎の炭火焼きラジオ。なんか渋い。既に二人は侘び寂びの世界に突入しつつあるようだ。

3回目の放送のためのリスナーへのお題は「燎の好きな曲」。
自分は迷わず 「ハレルヤ」を選び、かつて歌に感じた感触を1行にまとめて送る。そしてそのコメントが読み上げられた時、果南さんがぽそりと言ってくれた。

「セトリに入れるといいよね、来週とか」

ラジオ配信の公開明け、2月最初の日曜日。かねてからお付き合いのあるアイドルグループのメンバー生誕ライブに対バンとして燎が出る。

夕方、家を出て最寄り駅に着く頃にふと気づく。あ、ハレルヤで振り回すタオル忘れた。ラジオで言っていた、もしかしてがあるかもと時計を見ると、まだ時間に余裕がある。

忘れ物したから戻る、とだけツイートして家にタオルを取りに。何人かいいねがついたのだけど、どうでもいいなと思いツイートを取り消す。

ライブハウス最寄りの駅に着いてTwitterを見ると、果南さんが一言。

わお、直ぐ消したはずの忘れ物ツイート見られてて、しかもタオル忘れたと果南さんに見抜かれてる。時間合わせで寄ったカフェベローチェで思わず変な声が出た。

ライブは今日の主役の星宮ありすさんのソロでステージが盛り上がり、少々の時間調整を挟んで燎の出番となる。

SEから前回と同じくクラップ、そして一曲目の位置に着く。ハレルヤがある時は二人はタオルを持ってステージに現れるのだけど、今日は無い。ん?やっぱりハレルヤはセットリストから外れた?

いつもと立ち位置が違う、と思った瞬間慣れ親しんだピアノのイントロ、一曲目からハレルヤが来た。自分は並んでいたオタクさんと肩を組んで最前列を陣取る。

サビが来た時、ねこさんと果南さんは素手で手を回し始める。ステージ上のねこさんにタオルどうする?と見せる。ねこさんは要らないと手を前に出したジェスチャーも、自分はその一瞬、受け取るのかと勘違いしてタオルをねこさんに投げてしまう。

タオルを受け取ったねこさん、サビを歌いながら自分に投げ返してくる。ねこさんが投げ返したタオルは、自分の手元にピタッと戻ってきた。

その後ライブはいつも通りつつがなく進行。果南さんの言葉を借りれば葬式みたいな曲も、アップテンポの曲と織り交ぜることで緩急が付き、単なるお祭り騒ぎではなく、一つのステージとなってきている様に見える。

ステージの進行は演者さんの志向やその時の対バンとの兼ね合いなど、さまざまな要素からセットリストが組まれる様で、何を考えているのかを想像するのも面白い。最後の曲は「暁」。アップテンポのロック調新曲で、次の演者さんへ繋いだ。

燎の出番が終わり、次の演者さんが始まっていたものの、マスクをして手を振り回していたら酸欠気味で、一度客席の外へ。お手洗いに向かったら、ねこさんが撮影していた機材を回収して戻ってくるところだった。再始動後、こういう仕事も自分達で行う様になっている様だ。

「タオル投げちゃってすみません」
「あ、大丈夫、ちゃんと投げ返せてよかったよ」

そしてライブが終わり、特典会の時間。燎の物販の列には今日の主役に次いでたくさんの人が並んでいる。元々の知り合い、けど久々の人も多い様で、着実に観た人の印象に残り、顔を出しておこうという気持ちにさせている様だ。

長い時間並び、ようやっと自分の番が回ってきて、ねこさんとお話し。前回のライブの時、出合頭に「なんか話すことあるっけ」と言われて実はもの凄くがっくりきたのだけど、今日はどうなることやら。

今日は新衣装じゃないのね、から始まり、どうやら衣装を自分で改造していて、針でちくちく縫っていたらしい。そこからねこさんの幼馴染の男性の昔話をしばらくして時間終了。えーっと、俺なにを話せば良かったんだろう。

続いて果南さんと雑談。今日の忘れ物ツイートで見抜かれてびっくりした話とか、箱の音の鳴りの話などをざっとして、ハレルヤがセットリストに入ってて嬉しかった、とお話。

「今日ね、櫻木さんも私もタオル持ってくるの忘れてんの」

えーーーーーーー

かつてはあのコンカフェで相応の時間対話していた。その頃に比べると双方向のコミュニケーションは圧倒的に減ったのだけど、日々発生するわずかなコミュニケーションひとつひとつがライブの後の対面で収束し、思い出の粒になる。

演者さんからしたら大変な労力だけど、これもまた悪くないね。


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