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ブランチとコヒーレント (21)

2023年1月のブランチ (1)

仕事始めからありがたい事に忙しい日々が続く。
短い1週間を仕事漬けで終えた週末、果南さんが秋葉原のあのメイド喫茶で限定的に勤務復帰するという告知が。

あのメイド喫茶はねこさんを知るきっかけになった場所であり、果南さん、ここではかなこさんがかつて勤めていた場所でもある。

シックなメイド服に身を包む果南さんについては、あのコンカフェで自分より古い常連さんから当時の話は聞くも、自分はかなこさんがいた頃を知らない。

当初の予定を変更してかなこさんが立つあのメイド喫茶へ。

お昼と夕方の間くらいに秋葉原に到着。ドアを開けると、そこには忙しそうにしているかなこさんがいた。

「あ、ロンロン、いらっしゃい!
ちょっと待ってて、今案内するから」

いつかの様に、キリッとした目でまた迎えてくれる。

この店は「お帰りなさいませ旦那様」が基本で、メイドさん、もといウェイトレスさんによって始めの一言が変わってくる。厳守のルールでは無いようだ。

かなこさんに旦那様と言われてみたいけど、果南さんとの距離感は前と変わっていないんだと確認できた気がする。

ピンクの髪に正統派メイド姿のかなこさん、見慣れていないけど違和感はなく、着慣れている感がある。

客席は8割方埋まっていて、当然の如くあのコンカフェの常連もおり、入り口に立つ自分に笑顔を送ってくれる。実はお店に到着前に彼らから状況報告は受けており、待つのは想定内。所々空いている席を眺めて、古くからねこさんを推している人の隣に挨拶して座る。

かなこさん流の気配りは忙しい時も続く。うえーん、疲れたよ帰りたいよーとか、こんなに忙しいんだから売り上げの半分バックして欲しいよとか、メイド喫茶で聞く事が無さそうなセリフがバンバン飛び出すも、空気が澱む感じはしない。

お店が考える雰囲気とは多分違うのだろうけど、フロアは完全にかなこさんに支配されている。まさにエンターテイナー。

夕方、一部のウェイトレスさんがシフト交代。自分の初めてのメイドさん、まゆみさんが登場。客席を挨拶して回りながらお客さんの状態を見て、さっと伝票を確認、オーダーのこなし順をかなこさんに指示。

かなこさんは「わかりましたー。人がもっといれば大丈夫ですー」と返事、フロアから笑い声。一言多いがかなこさんらしい。そしてさすが伝説のメイドまゆみさん。かなこさんとの組み合わせに2年のブランクがあっても、締めるところは遠慮なく締める。

ふとフロアを見ると満席。そしていつの間にか、お店の隅のテーブル席にはあのコンカフェの元キャストの菜月さんとみみさんがいる。どうやらお店に入店する列もできているようだ。

丁度、ここが聖地となっているアニメで何か動きがあった様で、自分と同じくアニメをきっかけに来店する人も多く、大盛況。かなこさんはきりきり舞い。

待ちのお客さんもいるし、お暇しようと席を立つ。かつてねこさんにしてもらった様に、かなこさんに初めてお会計をしてもらう。

ポイントカードの欄を埋める時ウェイトレスさんが名前を書くのだけど、もう卒業したウェイトレスさんの名前がずらっと並んでいて、来なくなって久しい事がわかる。

かなこさんがポイントカードの欄を埋めながら呟く。

「次は、29日だね」

2週間後、アイドルユニット燎のファーストアルバム発表ライブ。これまで1週間も間が空くと久しぶり!と声を掛け合っていたのに2週間も間が空くのは不思議な感じもする。そしてねこさんとは3週間の間が空く。今までが近過ぎたのは、そうなんだろう。

お店を出ると、かつてねこさんに見送られながら降りた階段には沢山の人が入店待ちで並んでいる。

その列には、あのコンカフェの副店長ちひろさんとキャストののどかさんが並んで待っていた。二人でどこかに行っていた様だ。

二人に挨拶をして、帰路に着く。

陽が落ちて街灯で照らされる秋葉原は、寒さのせいか人通りが少ない。初めてこのメイド喫茶に来た初夏の風景を思い返しながら駅に向かう。

初めてこのメイド喫茶に来た時、ねこさんが呟いた駄洒落で感じた目眩は、世界線がブランチした瞬間だったのだろう。

その後場所を変えながらも、こうして声を掛け合う間柄ができた事で、仕事の状態がどん底でももがく事ができたし、次を見据えるように顔を上げる事もできた。

改めて思う、皆んなと出会えて良かった。

メイド喫茶で引いたおみくじは、浅草寺に続いて凶だった。神様手厳しいな。

2023年1月のコヒーレント (2)

アイドルユニット燎の前回のライブから次のライブまで、3ヶ月という期間が空くことになった。

インディーズアイドルに限らず、何か新しい事を軌道に乗せるというのは難しい。ことアイドルに関しては、半年とかの単位で卒業とか現体制終了という表現で活動を終える例が割と普通に見られる。それを思うと燎のこのブランクはなかなかに長いけど、ライブが無い間にも今後の予定を掲げ、脈動は間違いなくそこにある。羽化を待つ蛹のよう。

そして燎は2023年1月末、再始動となる初めてのアルバムを提げてのライブが秋葉原で行われる。ねこさんがステージに立つ姿を初めて観たライブハウスだ。

1年半前、まだ何もわからぬまま、ねこさんのことをも知らぬまま向かったあの箱へまた足を運ぶ。未だにねこさんの事は何も知らないけど、今度は当時とは違い迷う事もなく。

ライブが幕開け、最初に燎が登場、以前と同じSE、デビュー当日に歌われた海鳴りサテライトから始まる。昨年からの燎を引き継いだ形。
一曲で一度ステージから引き、共演の演者さんにバトンが渡される。

対バンはよく知る2グループのamuLse、Re:INCARNATIONと、初めましての3グループ。どの演者さんも光るポイントがあって、とにかく興味を惹かれる。これはまた別の機会にお話しすることにしよう。

そして今日の主催、主役の燎が登場。

新しいSEが響く。ねこさん、果南さんの順でステージに姿を現す。ツインテールを弾ませながら普段よりやや大股気味に歩いて位置に付くねこさん、SEがリズムを刻み始めるとクラップを観客に求める。

落とされた照明で微かにしか見えないけど、身に纏うは新衣装。袖はシースルーで、照明を受けて二人のシルエットは淡くフレアを纏っている。
SEが終わり、初めの曲に向けて二人がポジションにつく。

微かに見える表情はニコニコアイドルではなく、緊張の面持ちでも無い。しかめっ面とも違うけど、いよいよ来た再始動の瞬間に、これからの色々に立ち向かおうと言う決意を持った感じに見える。

燎の楽曲はリリース4曲目以降、曲調がオルタナティブロックに寄ってきて、果南さん色が強まってきている。
自分の好みに寄ってきている、とも言えるかもしれない。

今日のライブは事前に発表されていたアルバム収録曲からとなるだろう。久々に観る彼女らのダンスは最初から緩急、動きと停止の差がきちっとした感じ。
そして曲を通しての振り付けがある状態から、曲の一部で自由に動く間が作られているよう。

その間二人は観客とのコミュニケーションを取るかのように、ステージから観客に向けたモーションやアイコンタクトを送る。

自分には送られたのだろうか。カメラ構えてたらダメか。

初めてこの箱に来た時はそこまで考えなかったけど、燎のライブで巡った箱は30を数え、それぞれの箱のキャラクターを体感して、この箱の特徴を感じられる様になってきた。

その感覚は人によって色々だろうし、演者さんでないと感じられない部分もあり、音源が楽器かCDかと言う決定的な違いがある。

自分はライブハウスの事は何も知らないけど、ここに来て音を体で受けると、何故だか自分が二十歳の頃の記憶が引っ張り出される。箱の空気感はどこから来ているのだろう。他のアイドルが多用する箱との明確な違いはいくつか感じられる。

まずは高音の感触で、高い音、金属的な音が他方はジャリジャリする感触があるけどここはそれがない。しかしこもった感じはなく、すっきりしている。

次は声で、他方は声とオケが分離していて、たまに妙にどちらかが耳についたりする事があるのだけど、ここは声とオケが滑らかに一体となって聞こえる。理屈はわからない。けど、不思議とここで燎を観ると、自分が演者の側に立ってみたいという衝動を感じる。

そしてねこさんのステージでの姿を初めて観た場所という思い入れと重なって、なんか原点回帰した気分。

自分はこの瞬間を少しでも絵として残そうと、ひたすらタイミングを計りながらシャッターを切り続けていた。多分、ライブを楽しむ姿勢としては間違っているのだろう。きっと演者と音に身を委ねるべきだと思う。

けど、燎って凄いんだ、こんなに素敵なんだと伝えたくて。世の中の人々はもちろんだけど、誰よりも燎の二人に、自分から見える風景を。そして10年後とかにみんなで振り返った時に記憶が蘇る様に、自分の中に燎を刻み込むために。

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