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風凪いで(14)

ピンポーン
宗教の勧誘かしら、とインターホンの画面を見ると、葉奈だった。

「久しぶり。これ、うちの近くに出来たケーキ屋さんのケーキ。オペラがおいしいんだ。」
「あなた大学は?」
「今日は二限までだったの。」
「…そうなの。」
私は、ダージリンの紅茶をいれて葉奈に出した。
「おいしいわね。このケーキ。」
「でしょ。」
ケーキを食べ終わる頃、葉奈が言った。
「ねえ最近、凪沙、おかしいと思わない?」
私は先日の渋谷のTSUTAYAで見た凪沙を思い出した。
「こないだ、うちに来てさ、円山町ってどんなところ? って訊くのよ。テキトウに答えておいたけど。」
「…そう。」
「お母さんは、心当たりないの?」
「……無いわ。あの子ももう六年生だもの。そういうことに興味持つのはしょうがないんじゃない?」
「…ふうん。お母さんはそう思うの。お父さんとはうまくやってるの? やってるわけないか。凪沙もこの家早く出たいって言ってたよ。」
私だって、こんな家出て行きたいわ。
なんて、娘に言える訳などない。
「ねえ、私、子どもの時から不思議だったんだけど、なんで、お母さんとお父さんて別れないの?」
「それは…」
あんたたちのせいじゃない。という言葉を飲み込んだ。
「…だって、私、あの子の学費、一人で払えないもの。」
「私立だからでしょ。凪沙を公立に転校させればいいじゃない。」
「…あなたも高校まで凪沙と同じ学園にいたくせに何言っているのよ。おかげで大学、」
「私、大学は別のところに自分で奨学金もらって行ってるでしょう。」
「…」
「ねえ、お母さん、私もこないだ成人したし、もう私、この家に凪沙をおいときたくないの。お母さんとお父さんがこのままなら、凪沙をうちに呼ぼうと思うんだけど。」

ギイッ、とドアが開く音がして葉奈と振り返ると凪沙だった。
「凪沙!」
「…大人っていつも勝手だよね。」
そう言って凪沙は二階の自分の部屋へ行ってしまった。
葉奈は唇をかみしめて、静かな声で私に言った。
「ねえ、お母さん、私さあ、今、大学で政治学勉強してるけどさ、いつもイライラするのよ。選挙の時。『よくわからない』って一票も投じない人が。全部みんな他人事みたいで…お母さんもさあ、どういうつもりなの? 他人事じゃないんだよ。どうしたいの? お父さんと一緒にいるのってなんなの。なんのためなの?」
「…あんたたちのためよ。」
「嘘。」
葉奈に言われて、私は葉奈をにらんだ。
「お母さんは怖いんでしょ。凪沙の学費が払えるか、家賃や生活費が払えるか、自分だけで凪沙を育てられるのか。そういうものから逃げてるんでしょう。」
「違うわ。」
「どう違うのよ。」
本当のことなんて言えるわけない。
「…さっきからなんなのよ、産んであげたじゃないのよ。葉奈も凪沙も。どうして私ばっかり責められないといけないのよ。今、結婚もしてない子どももいないあんたにわかるわけがないでしょ。あんた達にミルクあげたのも私、おむつかえたのも私、なのに、どうして大人になったからってそういうこと全部忘れたように親を責めるのよ。」
「…あのねえ、お父さんと結婚するって誰が決めたの?」
「…お父さんのせいよ。」
「違う。お父さんと結婚するってお母さんが決めた事でしょう。私の事産むって決めたのもお母さん、凪沙を産むって決めたのもお母さん。全部お母さんが決めたんでしょう。お父さんのせいにしないで。お母さん自身が全部決めたんだよ。他人のせいにしないで。」
「…」
「私、ちょっと二階の凪沙のところに行ってくる。」
葉奈が階段を上っていった。

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