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ポール・サイモン 「母と子の絆」 Mother and Child Reunion

タイトルのエピソードとテーマの不思議

タイトル"Mother and Child Reunion"は日本語題名では「母と子の絆」と訳されています。いいタイトルですが、原題の意味は「母と子の再会」のようなものでしょうか。母と子がこの歌のテーマ。オフィシャル訳はそういう観点によるものです。

ところがこの歌にはさまざまなエピソードがあるのです。

ポール・サイモンの歌にはよく家族が登場します。だからこの歌も彼の母親について書いたものと想像しがちなのですが、そうではないようです。ポール自身がそう語っています("Simon and Garfunkel The Biography by Victoria Kingston" より)。すこし期待はずれですか?

エピソード1 親子丼?

歌のタイトル"Mother and Child Reunion"は、ポールがレコーディングの合間に寄った中華レストランでメニューに見つけた料理名というのです。揚げた鳥肉(フライドチキン)と卵(ボイルド・エッグとあるので、日本語ではゆで卵になるけれど、どんな料理なんでしょうか?)によるこの料理。単刀直入な日本語では「親子丼」ですが、ニューヨークの中華料理店に日本風の「親子丼」が1970年代にあったと考えにくいから別の料理でしょう。なにはともあれ題名の元が料理の名前とすれば笑っちゃいますよね。

ポールはこの料理名からインスピレーションを得ただけで、この歌が「料理」を歌っている、つまり親鳥と卵との「変わり果てた姿」での再会を歌っているわけではないと考えたいですが、その観点で詩を読むと意外に深いもの(?)があります。笑

エピソード2—飼い犬の死から〜

そしてもうひとつのエピソード(というよりこのエピソードこそ本作品の主題だと思われる)。この時期に、ポールの可愛がっていた犬が車に飛び込んで死ぬという出来事がありました。

肉親の死というものに直面した経験のなかったポール・サイモンにとって、身近な犬が死んだのは、想像を絶する経験だったのです。彼は悲しみました。うちひしがれました。

そして考えました。もし自分の愛する家族、この場合は妻と子なのですが、彼らが突然死んでしまったらどんな気持ちになるだろうと。その思いを込めて詩を書いたのです。

歌の歌詞をじっくりと読み返してみてください。いつもにも増して言葉が内面的で、抽象的に感じませんか?悲しい時は理論的表現などできません。つぶやきのようなものになるはず。訳す必要などない位の悲しみが痛いほど伝わってきます。


軽いのにダイナミックなサウンド

「フライド・チキン+ボイルド・エッグ」という深い(?)意味をもつタイトル"Mother and Child Reunion"、そして「飼い犬の死=家族または身近な大切な人の死の悲しみ」という不思議な取り合わせ。でも、その詩の内容と裏腹に、サウンドの力強さはどうでしょうか。表面的には軽いタッチに仕上がっているような印象があるけれど、何度も聞き返すと深い味わいがあり、またシリアスな(逆にはユーモラスな?)詩とマッチし、なおさらダイナミックに感じます。

エレクトリック・ギターのシンプルで歯切れのよいリードは終始歌を主導します。同じ音を細かく刻むという印象的なフレーズ。控えめに聞こえるピアノとベース。軽めなのにダイナミックなドラム。

やわらかい歌い方

そして終始感情を抑えて歌うポールのソロがいい味を出しています。歌によっては荒削りな歌い方と、洗練された優しさに溢れた歌い方をポールは使い分けています。やわらかい歌い方の象徴ともいえるのがこの「母と子の絆」です。とてもていねいに言葉を発していますしね。

ポール・サイモンはこの曲を皮切りに、現在まで(2002年の時点)8枚のアルバム(ライブアルバムを除く)で80曲余りの作品を発表していますが、ファンの多くがこの歌を最もお気に入りとしています。その気持ちはよくわかります。最新アルバム「ユー・アー・ザ・ワン」の第1曲「That's Where I belong(魂の帰る場所)」にも通じるやすらぎと優しさが感じられるからでしょう。ポール・サイモンというアーチストのS&G以後のルーツといえる作品が「母と子の絆」なのではないでしょうか。


「母と子の絆 The Mother and Reunion 」2024年版 創訳

期待させるつもりはないさ
こんな不思議で悲しい日には特にね
(でも、あえて言うよ)
母と子の再会の時は
もうすぐやってくる、と

ああ、愛しい子よ
僕には一生無理だと思う
もっと悲しい日を思い出せと言われてもね
人は時間が経てば忘れる、というが
そううまくいくもんじゃない
人生の旅は続くんだ
ずっと ずっと

期待させるつもりはないさ
こんな不思議で悲しい日には特にね
母と子の再会の時は
もうすぐやってくる、と

ああ、可愛い子よ
まるで信じられない
自分でいうのも変だけど
こんなに落ち込んだことはないのさ
とても不思議な気持ちだ
人生の旅は続く
ずっと ずっと

期待させるつもりはないんだよ
こんな不思議で悲しい日には特にね
でも母と子の再会の時が
もうすぐやってくる、と
すぐそこにあるんだ
母と子の再会の時が

原詩:ポール・サイモン(1972) 迷訳:musiker(2024)



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