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そして誰もいなくなった ハイドン 交響曲第45番「告別」

「告別」のエピソード

ハイドンの交響曲第45番には「告別」という題名がついています。といっても本人がつけたわけではありません。後の誰かがつけたいわば「あだ名」のようなものです。この交響曲のエピソードが面白いのでご紹介しましょう。

ハイドンの主人ハンガリーの大貴族エステルハージ侯爵の居城はウィーンの南方50キロメートル位のアイゼンシュタットでした。1766年、アイゼンシュタットから東方10数キロのノイジーデル湖の見える場所に華麗な夏の離宮を建てます。私も仕事で「ウィーン世界青少年音楽祭」参加の日本の吹奏楽団と共に何度か訪れたことのあるエステルハージー城です。

侯爵一家は春から秋にかけ半年間このお城で過ごすのが慣例となり、その間宮廷楽団も同行しました。楽団員たちは出張扱いで、家族同行は許されず、半年間連日連夜演奏で奉仕することになるのです。宮仕えは辛いですね、いつの時代も。

ところが1772年、なぜか侯爵は予定を二ヶ月も延長し、いっこうに本城へ戻る気配がありません。当然楽団員たちより不満が出るのですが、団員たちはおいそれと主人に進言などできるものではありません。そこで楽長であるハイドンに相談したのです。

ハイドンは直談判ではなく、音楽によるさりげない意思表示の案を講じたのです。それは、交響曲の終曲で、楽団員が順番に演奏を止め、譜面台のローソクを消し、ステージを去っていき、最後は奏者二人のみで曲を終えるという演出でした。

「自分たちは一刻も早く帰りたい」という意志を、こういう粋な手法で侯爵に示したというわけです。

侯爵はジョークのわかる性格だったのでしょう。彼は翌日即座に楽団員たちに休暇を与えたというのです。

このエピソードが真実か否かは定かではありません。けれど、ワガママ貴族に仕える楽士たちの不満を音楽という道具を使い上司に伝えた、というお話しが伝説として残り、今も語り継がれていることは、なんと微笑ましいことでしょう。


ハイドン 交響曲第45番 嬰ヘ短調 Hob.I:45《告別》

【第一楽章】Allegro assai 5分
3/4拍子のキビキビとしたリズムで鳴る短調のメロディは、和音の構成音を上から下へなぞるという珍しいもの。緊張感が溢れています。短調から長調だけでなく、微妙な音の変化が伴い和音も色を変えていく点が面白いです。終始刻まれる弦楽器のリズムが力強い。また美しい中間部がまったく雰囲気を変えます。

【第二楽章】Adagio 7分半
弱音機をつけた弦楽器が主役。ゆっくりと飛び跳ねる感じのメロディが印象的です。楽器同志の音の橋渡しが巧妙で、しかもそう単純でもない旋律がさりげなく鳴っているんですから隅に置けませんね。まあ、深く考えず、純粋に音の響きを楽しめばいいでしょう。哀愁帯びた音色でオーボエが控えめに出てくると思えば、これまたさりげなくホルンも登場。弦楽器と管楽器との見事な融合です。

【第三楽章】Menuet, Allegretto-Trio 3分半
ワルツのメロディに一風変わったフェイント(問いに対する返答のような箇所)が入っているのが特徴。あれ?なにこの旋律は?と少し驚くでしょう。第二楽章で目立たない存在だった管楽器はこの楽章で前面に出てきて、ホルンは二本でソロを奏でます。

【第四楽章】Finale, Presto~Adagio

フィナーレにふさわしい緊張感溢れるスタート。そしてすぐに怒濤のような弦楽器の調べが気持がよいですね。予断を許さないただならぬこの雰囲気は興奮ものです。いったいだれがハイドンの音楽が「退屈」やら「古くさい」などというのか問いただしたくなります。

さて、プレストが終わると、ゆったりとした三拍子で告別が始まります。
よく耳を澄ましていないとわからないのですが、楽器奏者が次第次第にステージを去っていくのです。立ち去る直前に自己アピールする楽器もありそこも注目です。特にコントラバスのソロなんてなかなか聞けませんから楽しいです。管楽器がいなくなり、ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラなどが次々と抜け、最後はコンサートマスターと第二ヴァイオリン首席奏者との二重奏で静かに音楽は幕を閉じます。

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