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デ・ジャ・ヴュ(既視感)

この歌は~、いつか聞いた歌

頭の中にメロディが残っている。けれどなんという題名だったのか、誰の歌だったかがわからない。そんな妙な経験はないでしょうか。ふだん忘れているのに、突如思い出すメロディ…。

私も謎のメロディに長い間悩まされたことがある。

学生時代に聞いたような気がする。女性の声、ソプラノ。音階はそれほど難し くはない。ドレミファソの羅列のようにも思える。でも、とてつもなく音域が 広くて、普通の人が歌える代物ではない。ジャンルでいえばクラシック系なのは明らかだけれど。

妻と私で昔、よく話題にのぼったものだ。

「前から頭にこびりついて離れないメロディがあるんだ。このメロディ知ってる?」
「え? 聞いたことがあるようなないような。でもわからないねぇ」
「覚えやすいよね、でも、とてつもなく音域が広い」
「歌曲じゃないね。宗教作品のソロじゃないの?」
「う~ん。そんな気もするんだけど、宗教作品にしてはちょっと逝っちゃっているフレーズじゃないか。こんなメロディで神を称えたら神様からクレームが付きそうだしね」
「確かに狂気の沙汰かも」
「モーツァルトの宗教曲に、ソプラノ独唱の凄いのがある。でも、メロディは違うんだ」
「何だろうね~」
「何だろう。気になってしょうがないんだよ」

気になってしょうがないといいながら、人間は実際の日常生活と関係ない事象 は自然と忘れるようになっているから、その話題についても二人とも忘れることになり、15年の歳月が経った。子供は大きくなり皆それなりに歳をとった。

とある日、ニュース番組の合間、テレビのチャンネルを、制作費水増着服や受信料着服等で物議を呼んでいる放送局のチャンネルに変えた時、メロディは突然飛び込んできた。舞台後方の高い所に立つ、奇妙な格好をしている女性歌手が、杖のようなものを持ち歌っている。

音階でそれらしく再現すると(うるおぼえなので正確ではありませんが)、

ドレミッミレドッドシラ~
ラシドッドシラッラソファー~
ファソラッラソファミレドソ ドミソドミソミド
レェエェ~エェ~エェ~ ド

歌詞はない。ただアアアアアアいっているだけ。超簡単で、映画「アマデウス」でサリエリが揶揄したような音階練習にも似たこのメロディ。でも、ソプラノ歌手が極限ともいえる技巧を凝らして歌っていた。しばらく聞いた。そして突然私は叫んだ。

「これじゃないか!」
「そうそう、これ、これ!」
 
やっと巡り合えた。忘れていたあのメロディ。正体が明らかでないけれど、焦がれたそのメロディに15年たって、ようやく巡り合えたのだ。

それは、モーツァルト 歌劇「魔笛」 第一幕夜の女王のアリアだった

それは、モーツァルトの歌劇「魔笛」第一幕の夜の女王のアリア。娘を奪われた悲しみをとうとうと歌い、彼女を取り返して欲しいと、主人公のパミーナに頼む場面である。悲しい母親の気持ちを歌う前半のやるせない雰囲気と、後半自分の目的をとげるため、遠い国からやってきた若者に指示する勇ましい(というより身勝手な…)思いのコントラストが見事に表現されているアリアだ。

後半がまさに音階練習的な狂気のフレーズであった。ソプラノ歌手、というよりコロラトゥーラという曲芸的歌手向けの作品で、これをまともに歌える歌手はそう多くはいない。長年頭の中を支配してきたメロディは、まさにこの歌だった。

メロディの正体が明かされ、のどにひっかかっていたものがとれたような爽快な気分。

だが、だが……。若い時モーツァルトの宗教作品は聞いたものの、オペラに関心がなく、全く聞くチャンスはなかった私がどこでそのメロディを聞いたのだろ?再び新たな謎の出現だ。

これって、デ・ジャ・ヴュ(既視感)

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