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やさしく読める作曲家の物語       シューマンとブラームス 41

第四楽章 ブラームスの物語

11、孤独に、しかし自由に
 
 時代を代表する音楽家になったブラームスは、ヨーロッパ中から「当地で演奏してください」と招かれるようになります。
 この時代にはヨーロッパの鉄道網も発達して、馬車の時代とは比べ物にならないほど便利になっていましたので、ブラームスも、ある時はピアニスト、ある時は指揮者としてヨーロッパ中と飛び回り、ハードな演奏旅行を続けます。
 
 それだけではありません。
「先生の交響曲を是非イギリスで演奏してください。
 ケンブリッジ大学から名誉博士号を差し上げます」
「デュッセルドルフの音楽監督になってください」
「あのバッハも務めたトーマス教会の合唱指揮者(カントル)になって頂けませんか?」
と、次々名誉ある地位の申し出も来るようになりました。

 どれも魅力あるポジションですが、ブラームスには住み慣れたウイーンを離れて、何かに縛られる仕事に就く気持ちはありませんでした。
 彼にとっては地位や名誉より、自由の方が大切なのです。

「孤独に、しかし自由に」
これが変わることの無いブラームスのモットーでした。

 ただ、「プレスラウ大学から名誉博士号を送ります」という申し出は、面倒な事が無さそうだったので受けることにしました。
 その授与式の為に作曲したのが有名な「大学祝典序曲」(作品80)です。
ドイツの学生歌を使った華やかな序曲をブラームスは「これは笑うための序曲」と表現しています。
 というのも、彼は翌年には「泣くための序曲」として「悲劇的序曲(作品81)を作曲しているのです。両方とも人気の曲となりました。
 
 相変わらず、演奏旅行に忙しいブラームスですが、秋から春にかけての音楽会シーズンが終わり、気分転換にたびたびでかけたのがイタリアです。
 45歳の時に初めてビルロート先生とでかけて以来、ブラームスはイタリアのとりこです。フィレンツエ、ペルージャ、アッシジ、ローマ、ナポリ・・・。
 ドイツとは違う明るい太陽や、輝く海、生命力あふれる豊かな自然、そして歴史ある建物や美術品・・・。すべてがブラームスの心をとらえて離しません。
イタリア旅行は全くの「プライベート」な旅だったので、ブラームスは作曲や演奏から離れ、しばし「音楽家」であることを忘れて楽しむことができました。それは、ブラームスにとって人生で初めての経験でした。
 
「あなたも、是非イタリアに行くと良いですよ。
 そうですね、まず最初に訪れるのは・・」
と、クララにも手紙でイタリア旅行をすすめ、その旅行のプランまで書いてきました。

「まあ、ヨハネスったら子供みたいにはしゃいで・・・。
 でも、彼がそこまで薦めるなら私も行ってみようかしら」
 実際に、クララや娘たちとの旅も実現しましたし、ブラームスは、ビルロート先生やスイスの詩人ヴィトマンと共に、8回もイタリア旅行へでかけています。
 
 そして、夏が近づくと彼は暑いウイーンから離れて、森や湖に囲まれた美しい避暑地に出かけ、ゆったりとした気分で作曲に励みます。
 オーストリアの有名な避暑地だけでなく、足を伸ばしてスイスのトゥーン湖畔で過ごしたこともありました。美しい自然は、ブラームスの心をリラックスさせて、次々と音楽のアイディアを産みだしてくれるのです。
早起きのブラームスは、朝の散歩を済ませると仕事にとりかかり、お昼からは友人たちと過ごします。避暑地には彼の友達や音楽仲間が沢山いて、彼らと過ごすひとときも楽しみの一つでした。
「犬小屋」を手放したクララや娘たちが、ブラームスのもとを訪ねることもありました。
 
 数多い滞在先の中で、ブラームスが特に気に入っていたのはバート・イシュルです。
当時の皇帝ヨーゼフ一世もたびたび訪れるこの場所には、夏になると多くの有名な芸術家たちが避暑に訪れ、社交場のようになっていました。その中でブラームスが親しくしていた友人の一人が、「ワルツ王」として名高いヨハン・シュトラウスです。



ブラームスとヨハン・シュトラウス


 むずかしい交響曲を書いたブラームと、楽しく美しいワルツを書いたシュトラウスの音楽は全く反対の音楽ですが、ブラームスはシュトラウスのワルツやオペレッタが大好きでした。
 ある時、シュトラウスのお嬢さんがブラームスにサインをおねだりすると、彼女の扇にシュトラウスのワルツの名曲「美しく青きドナウ」のメロディを書き込み、
「残念ながらヨハネス・ブラームスの曲にあらず」と書き記しました。
実はジョークも大好きというブラームスの一面がうかがえるエピソードですね。
  
 やがて秋になると、仕上がった新しい曲をかばんに入れて、ブラームスはウイーンに戻って来ます。ある年は、ピアノ協奏曲、ある年は交響曲、そして歌曲と、決して曲数は多くないけれど、大きな曲を確実に仕上げ、世に送り出してゆくことになります。
 

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