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フレッツォッティ『ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル:ピアノ作品集』|#今日の1枚

ロマン派を代表するフェリックス・メンデルスゾーンには、4つ年上の姉がいる。ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルだ。彼女もまた作曲家であり、ピアニストであった。彼女の存在は、クラシック存在では多くも少なくもないかと思うが、一般的に見るとかなりマイナーな存在だ。その大きな理由は、「彼女が女性だから」。

19世紀、特に初期のヨーロッパにおけるクラシック業界は、かなりの男性社会だった。それもそうだ。中流階級が台頭してきた世の中で、音楽を教養としてたしなむ家庭は急増したものの、だからと言って女性が社会に出て音楽家としてバリバリと活躍するのはわけが違うわけだ。あくまでも家庭を彩るために、「そこそこ」弾けていたらそれでいい。それが、ファニーの生きた時代だった。

ファニーの父も同じく、彼女が音楽家として活躍することは望んでいなかった。でも彼女は500以上もの作品を残しているし、日曜音楽会という名の小〜中規模の催しを積極的に行いながら、自ら音楽の実践場所を作っていた。それでもそれは、今でいういわゆる「バリキャリ」とは違うし、あまりお金にもならない。ファニー自身も派手に表立つことは望んでいなかったのだろう。

ファニーは、自分の才能を認めてくれる夫に恵まれ、晩年に自作品を出版した。これに対しても、弟のフェリックスは姉の才能を認めていたにもかかわらず反対していたそう……。

本当にもったいないことだ。時代が進んだ今もまだ、「クラシック音楽の名作曲家」といえば男性の顔ばかり思い浮かぶ。もちろん、こうしてファニーの功績を発掘する研究がなされているとはいえ、例えばクラシックの入り口となりやすい学校現場では、なお作曲家の登場人物は男性ばかり。

今回取り上げている組曲『1年』は、ファニーの亡くなる6年前に手掛けられたピアノ作品だ。夫と息子で訪れた1年ものイタリア旅行にインスパイアされて作られたもの。

音の組み立て方も、個々の作品ごとの構成も、非常にコンストラクティブ。たまにポリフォックな要素もあるから、バロックの香りする瞬間も。そうした特徴もあってか、ロマン派初期ならではの優美さやエモーショナルな箇所もあるものの、感情的にはなりすぎることがない。理性と感情がうまく天秤の上でバランスを取っている感じ。それはもう一つ、確固たる「品」によるものでもあろう。それがおそらく、ファニーの音楽の土台になっている。きっと、心に静謐で穏やかな湖を持っていた人なんだろう。

『クラシック音楽と女性たち』(編著:玉川裕子)によると、ほんの少し後に生きたクララ・シューマン(こちらもロマン派でよく知られるシューマンの妻)も、男性顔負けの演奏活動を繰り広げていた。今でこそ、ベートーヴェンやバッハなど、何百年も前の伝統的な音楽を演奏会で取り上げるのは当たり前だが、ファニーやクララの時代はそうではなく、同時代の作曲家=演奏家の作品を取り上げるのが当然だった。

しかしクララは、「芸術としての音楽」を伝えるべく、徐々に古の作曲家をレパートリーに加えていった。そして同時にファニーも、自ら開催していた「日曜音楽会」でも同じことをしていたそう。これは画期的なことなのだ。

「当時の女性の立場から、活動が制限されやすかったのだ」と、他にも埋もれてしまったであろう才能に嘆くのではなく、こうした心意気ある光る功績も目を向けていきたいと思うのだった。


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