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(音楽話)04: Inger Marie Gundersen “When October Goes” (2018)

【嫌いな10月】
Inger Marie Gundersen “When October Goes” (2018)

十数年前の話。ふとした時に耳に入ってきた、とあるジャズ・ヴォーカル。私は心を鷲掴みにされ、その場を動けなくなりました。あまりに深く、温かく、悲しく、優しい声。油断すると涙が溢れてしまいそうな。

彼女の名は、Inger Marie Gundersen。1957年生まれ、ノルウェー(漢字では「諾威」)出身のジャズ・ヴォーカリスト。若い頃からロック・バンドやジャズのビッグバンドなどでヴォーカリストとして活動していたものの、中々芽が出なかったそうです。そして彼女自身のジャズ・クインテット「My Favorite Strings」を結成し、2004年についにレコーディング・デビュー。そのアルバム「Make This Moment」が程なくしてたまたま日本のバイヤーに発見され国内発売、ジャズ系ファンから大注目されるに至ります。当時SNSはまだそこまで隆盛ではなく、本当に「口コミ」や雑誌レビューなどによって広まっていったのです。

私は幸運にも2008年、東京・COTTON CLUBで彼女の伝説的なライヴを観ています。そこで、彼女の歌が空から溜め息のように降ってきて私の全てを包み込んでいく体験をしました。大袈裟かもしれませんが、あのライヴは生涯忘れられません。

その後もアルバムを数枚リリースしていますがマイペースな活動ぶり。興味深いのは、特に日本・韓国・台湾などのアジア圏で人気があること。彼女の歌声がきっと、アジア圏の民族的・風土的な根底要素と親和性が高い、のかもしれません…要は、誤解を恐れずに日本で例えると、とても演歌・民謡的な歌声に通じる「揺れ」や「哀愁」が彼女の声に宿っているから…うーん語彙力…

2018年発表のアルバム「Feels Like Home」に収録された”When October Goes”。この選曲センスも素晴らしい。元々は1930〜50年代に活躍した米国音楽家Johnny Mercer(1909-1976)の死後に発見された未完成の詩を遺族から託されたBarry Manilowが、1982年に発表したものです。
ピアノの旋律がどこか昭和歌謡で、音数少なめの演奏と共にIngerの歌声が渋く落とされていく。ふと五輪真弓を連想しますが、モノトーンの世界観の中で「私が10月が嫌いなワケ」を語ります。間奏のミュートされたトランペットの音色がほんの少しだけ暖かい色を見せてくれますが、そこかしこでベース音が弾けて打ち消していく…主人公は恐らく家の中から外を眺めているけど、そこで聞こえる音は何もない。そして、あなたもいないーーーこの歌詞を書いたJohnnyはどんな気持ちで書いたのだろう?嫌が上でも思い出してしまう記憶の数々をして「だから嫌い 10月をやり過ごすのは」。Ingerの声自体はズルい以外の何物でもありませんが、咀嚼力と表現力にも脱帽。聴くほど味わい深い切なさ。お酒呑みたくなりますね。

こんな歌が沁みてしまう…暗くてすみません、そういう人間なので。
良い週末を。

10月が過ぎるとね
雪が舞い始めるの
煙が立ち登る屋根の上を
飛行機が飛んでいくのが見えるわ

子供たちが走って家に帰っていく
暮れかかった空の下を
あぁなんて楽しかったのかしら
あの子たちのようだった あの頃の私

10月が過ぎるとね
同じ、いつもの夢を見てしまう
あなたは私の腕の中にいて
楽しい日々をあれこれ教えてくれる
でも今の私は頭を逸らす
どうしようもない涙を隠すように
あぁだから嫌いよ 10月をやり過ごすのは

10月が過ぎるとね
同じ、いつもの夢を見てしまう
あなたは私の腕の中にいて
楽しい日々をあれこれ教えてくれる
でも今の私は頭を逸らす
どうしようもない涙を隠すように
あぁだから嫌いよ 10月をやり過ごすのは

もう終わらせないとね うん分かってる
幾つになってもこんなの役に立たないもの
私嫌いなのよ 10月をやり過ごすのが

(Inger Marie Gundersen “When October Goes” 意訳)

(紹介する全ての音楽の著作権等は制作者にあります。本note掲載についてはあくまで個人の楽しむ範囲のものであって、それらの権利を侵害することを意図していません)

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