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(音楽話)16: Mel Tormé “Fascinating Rhythm” (1963? 64?)

【エンタテイナー】

Mel Tormé “Fascinating Rhythm” (1963? 64?)

「エンタテイナー」という職業があります。weblioによると「歓待する人、もてなす人、(職業的)芸人」。しかし現代において万人が認める「エンタテイナー」は明確には存在しないように思います。というのは、これだけ趣味嗜好が細分化された世界では、みんなの共通の娯楽は事実上存在しませんし、そんな娯楽を提供する人も必要ない…つまり「みんなのエンタテイナー」は今この世界には存在しないのです。

1930年代-60年代くらいまでは「エンタテイナー」は全盛でした。「歌も演技もなんでもできる人」。単に歌うといっても、ジャズもブルースもスタンダードもなんでも歌えなければならなかったし、演技といっても、シリアスもコメディもダンスもミュージカルもできなければならなかった。しかもそれら全てを、スクリーンの中だろうがライヴ・ショーだろうがTV番組だろうが、どこでも、今では到底考えられないくらい高い次元でこなしていた。日本なら高峰秀子、草笛光子、坂本九、渥美清、ハナ肇とクレイジーキャッツ…。米国ならFrank Sinatra、Dean Martin、Jerry Lewis、Sammy Davis Jr、Fred Astaire…そしてMel Torméも、その中のひとりです。

1925年米国イリノイ州シカゴ生まれ(ロシア系ユダヤ人の家系)。幼少期からラジオ・ドラマへ出演し、47年にはミュージカル映画「Good News」で一躍アイドルに。その一方で44年には4人組ヴォーカル・グループ「Mel-Tones」を結成したり、Artie Showのバンドに参加したり、シンガーとしてのキャリアも積んでいきます。
47年に本格的にソロ・シンガーとしても歩み始め、特に50年代は歌に映画に大活躍。63-64年には当時の大人気TV番組「The Judy Garland Show」で数々の楽曲提供や編曲を担当しレギュラー出演もしていました。しかし番組の主役・Judyと口論になり程なくして解雇。数年後にJudyは逝去しましたが、Melは当時出版した自伝の中で番組への自分の貢献度を声高に言及し過ぎ、Judyの遺族に訴えられてしまいます=評判ガタ落ち。しかし70年代にジャズ・シンガーとして高い評価を得、その後定期的にエンタメ界の大御所として様々なメディアに出演し歌い続けました(99年逝去)。
温かみがあって丁寧、そして繊細な歌声は通称「The Velvet Fog(ベルベットの霧)」。本人はその呼称が好きではなかったそうで、あくまで現役のジャズ・シンガーとしての意地があったようです。確かに晩年、じいちゃんになってもアグレッシヴに歌っている様子がYouTubeなどに落ちています。

この動画の概要欄によると、前述の「The Judy Garland Show」での一コマのようです。“Fascinating Rhythm”はGershwin兄弟の手による20年代のスタンダード・ナンバーで邦題「魅惑のリズム」。「僕は君(リズム)の虜なんだ」「1日くらい休んでくれないか? 僕もう参っちゃうよ」という歌で、それを体現するドラム・ソロという演出。幼少期にドラムスを叩いていた彼のまぁスティック捌きの巧いこと!しかもこれ完全に生演奏、生声の一発録り。気持ち悪いくらい一糸乱れぬリズム統率・バランスの演奏の上で余裕に歌い、最後微笑んでかしこまる姿は「どうだ!」と言わんばかり。圧巻です。

(紹介する全ての音楽およびその動画の著作権・肖像権等は、各権利所有者に帰属いたします。本note掲載内容はあくまで個人の楽しむ範囲のものであって、それらの権利を侵害することを意図していません)

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