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(音楽話)86: Chet Baker “Almost Blue” (1987)

【天才でクズ】

Chet Baker “Almost Blue” (1987)

時折、というかしょっちゅう、我々は「天才」を目にします。どんな分野において才能が豊かで突き抜けているかはさておき、そうした「天才」を思う時、その見た目が考慮されない、ということは基本的にあり得ないことだと、私は思っています。

…わかりづらいですか?我々は結局のところ、見てくれを重視している、ということです。

もちろん例外はあるでしょうし、その感覚は人それぞれだとは思います。しかし、人を見る時にその容姿・見映えがいかにその人の印象を左右するか、我々は反論できないくらいに知っているはずです。良い・悪いではありません、それは生理的に不可避です。

Chet Baker。1929年米国オクラホマ州イェール生まれ。米国サンフランシスコの軍楽隊に所属中、入り浸っていたクラブでジャズなどの洗礼を受け、51年に除隊しミュージシャンを志します。52年にGerry Mulliganのカルテットに加入。そこでソロと共に歌も披露した”My Funny Valentine”がヒット。これで彼の人生は完全に変わっていきます。
同曲における史上最高のヴァージョンとして広く認識されていて、甘ったるくて気怠い、物憂げなChetのヴォーカルが鼻血モノ。必聴)

Chet Baker “My Funny Valentine” (1954)

その後自身のカルテットを結成するとアルバムも売れ、その美貌はハリウッドが放っておくわけもなく55年に映画デビュー、さらにカルテットで欧州ツアーを行って成功するなど、順調にキャリアを積んでいきます。が、彼は既に完全なジャンキー、重度のドラッグ中毒でした。
60年代に入ってドラッグのトラブルが多発、ドラッグを買うために楽器を質に入れることもザラ。ついにはドラッグ売買で喧嘩沙汰になり前歯を欠損してしまいます。管楽器奏者にとって前歯が無いとアンブシュア(管楽器を吹く際に必須な吹き方)ができません。結局彼は60年代の大半をドラッグ更生施設で過ごすことになりました。ドラッグ禍&前歯欠損で仕事は無くなり、一時期はなんとガソリン・スタンドの店員として食い繋いでいたんだそうな。
70年代、義歯を入れてアンブシュアが戻った彼はニューヨークに移って活動を続け、ツアーが好評だった欧州に78年拠点を移し、以降欧州を転々としながら演奏し続けました。
83年にはElvis Costelloから声を掛けられ、彼の楽曲”Shipbuilding”(名曲)にトランペットで参加。彼の認知度アップ・再評価に繋がります。さらに87年の来日公演はライヴ・アルバム「Chet Baker in Tokyo」としてリリースされ、彼のライヴ・パフォーマンスの高さと根強いファンが日本にも多いことを世界にアピールしました。

Chet Baker “My Funny Valentine” (1987 in Tokyo)

しかし88年5月、Chetは滞在中のスウェーデン・ストックホルムのホテルの前で遺体で発見されました。体内と部屋からはヘロインとコカインが見つかり、自室ベランダから転落した事故死と断定(諸説あり)。58歳、早過ぎる、あっけない終わり方でした。

楽器演奏能力の高さと歌声のセクシーさ。彼はこの2点だけでも十分過ぎるほどのインパクトと足跡を残しました。まさに「天才」。しかもそこに、美しい容姿を備えていた、「天は二物を与える」奇跡。Chetの魅力や人物像を表現した映像作品は彼の死後いくつも発表されていますし、Chetのファンはその危なっかしい生き様と魅惑の演奏、そしてアンニュイな見た目の虜なんだとは思います、私も含めて。
しかしその一方で、彼の私生活はボロボロでした。50年代から続いたドラッグ中毒のせいで、愛する者に去られ、支援者に見放され、金は無くなり、楽器すら売り飛ばし、何も無い状態になって初めて自身の才能=音楽に還って稼ぐーーーその繰り返し。そう、彼は天才でクズ、でした。ジャズのサックス奏者Dexter Gordonは酒に溺れてボロボロだけど恐ろしく魅力的な音を奏でた。Chetはドラッグ。どちらも似たり寄ったりです。

つまり「甘い見てくれだけで判断しちゃいけません」ってことです笑

Almost Blue”は前述Elvis Costelloの81年の曲。Costelloは元々Chetの大ファン。この曲はChetの”The Thrill Is Gone”(B.B. Kingなどが歌ったブルースとは同名異曲)にインスパイアされて作られたそうで、様々な音楽特性を持つCostelloならではのダークなナンバー。暗いよぅ。そんな曲をChetは晩年好んでライヴで演奏していたらしい。自分に合ってると思ってたようです…なんか象徴的な話です。

前半のトランペットの、なんという物悲しさ。柔らかい音像はタメを作りながらゆっくりと沈んでいく。まさに「ほぼブルー」。そして後半の歌唱がそれに輪をかけてアンニュイ。歌詞は原曲と微妙に違いますが、もう元には戻らない愛する人との日々を思い出しながら、ただひたすら落ちていく。絶望を通り越して、もう死さえ見えてしまう。

浸り過ぎると帰ってこれなくなるのでご注意を…ってやっぱ暗いですか?
私が紹介してるんですから当然です。ご勘弁を。

+++++++++

ほとんどブルー
僕らが昔やったことを ほぼなぞってる
ここにいるあの女の子 あれはほぼ君だよ

[+]
ほぼ全てのことが 君が瞳にかけて約束したことが
あの子の瞳にも見え隠れする
君の目が赤くなってる 泣き濡れてるよ

ほとんどブルー
この災難を持て余して 僕はこうなった
愚か者って言われてさ ハナからそのつもりだったように

もうほぼブルーだよ
触れそうなんだけど そうはならないんだろう
それは僕の一部 いつだって本当の…本当さ

[+repeat]

ほぼ君で、ほぼ僕、ほぼブルーなんだ…

(Chet Baker “Almost Blue” 意訳)

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