(音楽話)122: Heart “Heartless” (1978)
【泣く子も黙れ!】
女性の社会差別撤廃、権利保護が謳われて非常に長い年月が経っていますが、未だに「男女平等」とは程遠い場所に我々はいます。近年、特に日本は欧米だけでなくアジア各国とも比較され、その改善の遅さが指摘されているのは周知の事実です。
たとえば、社会で女性が活躍していることを示す指標のひとつ「企業管理職に占める女性の割合」。最新の調査データでは日本は12.9%で他国と比べて低く、従来からの傾向にあまり変化がありません(他、米国は41.0%、フランス39.9%、英国37.2%、ロシア44.0%。アジアではシンガポール40.3%、韓国14.6% など)。
この話になるといつも、「管理職は能力や経験値が必要であって、男女云々以前の問題」という反論がありがちですが、そもそも女性を登用しなかった社会がこの結果を招いているわけです。それに能力論を言い出したら、それは女性は男性よりも能力が劣るということを暗に言っていることと同じです、言い訳どころか女性蔑視でしかありません。
私は男性です。女性が上司だったことは何度もあります。しかしそれは私の、外資系企業での勤務年数が長いことが関係しているかもしれません。そもそも外資では、女性だから・男性だから、という話題に出くわしたことはほぼありませんし、依怙贔屓があるわけでもありません。
前職で私は英国企業に勤務していました、唯一の日本人として。そこで同僚、上司、部下など関係なく皆分け隔てなく接してくれましたし、人種、性別、年齢、出身、家族構成、学歴、政治信条など、一度も聞かれたことはありませんでした(非常にカジュアルな場面や、すごく親しくなった者同士では話すことはありましたが)。
一方で、「日本の文化や風習では上下関係が極めて重要だ」「相手に失礼のないように敢えて最初に基本的な情報を聞くのは当然」「(年齢聞くなんて)そんな大した話じゃないだろ、大袈裟な」といった見解。これらすべて、実際に今まで私が日本人から聞いたことのある発言です。しかし、誰に対しても敬意は払うべきであり、その過程で相手に応じて個人情報を細かくしつこく同調圧力気味に聞きたがる感覚は、私には理解の外です。
これら日本人の発言にあるような、硬直して決めつけられた思考を基にした社会は、既に物事が決まっているので考える必要がなく楽でしょう。そして常に、互いの目を気にし(気遣いではない)、同調を求め(協調ではない)、上意下達を遵守する(自由活発な議論を嫌う)。それが社会で生きることだと信じて疑わない。
この考え方が通用したのは昭和40年代までで、世界規模ではとっくに期限が切れている思考です。そして皆さんはそのことを既に知っているはずです。しかしながら、これをまだ引き摺っている日本人は、あくまで私の実感ですが、皆さんが思っている以上に非常に多いと思います。その結果、今の日本経済と企業は、(勿論それ以外の要素も多分に影響していますが)ずっと下降線を辿っているのです。硬直した思考と偏った志向が、なんの役にも立たないことを、自覚できていないのです。
一体なんの話してんだ?って感じですが笑、「硬直した思考と偏った志向」は今の日本だけではなく、欧米もかつて通った道であり、今も極端な形で表出している問題です(米国大統領選のトランプ vs. ハリスの誹謗中傷合戦はその典型例)。
しかしそこに中指を立てて挑み、独自の路線を切り拓き、強かに生き抜いてきた人たちがいます。それがHeartです。
1970年代初頭、とあるバンドに米国カリフォルニア州サンディエゴ出身のAnn Wilsonがヴォーカルとして参加し、72年にHeartと改名。その後妹・Nancy Wilsonもギターでサポート参加するようになり、75年にNancyも正式に加入。当時カナダで活動していたHeartは76年にアルバム「Dreamboat Annie」でデビューし、カナダ国内でいきなり大ヒット、米国でもチャート上位にランキングされます。
しかし当時のレコード・レーベルやメディアと大喧嘩が勃発します。
売れればなんでもいいという発想の裏に、いかに当時が今以上に男性社会で前時代的、完全に女性蔑視な思考だったかが窺えます。
ただでは転ばぬ彼女たち。3の出来事から生まれた"Barracuda"はHeartの代表曲のひとつになりました。が、曲が生まれた背景を知ると…とんでもなく彼らが怒っていたことが改めて分かりますね汗
その後HeartはWilson姉妹を中心に活動を続け、それ以外のメンバーは入れ替わっていきます。今で言うところの「NoelとLiamのGallagher兄弟が一緒にバンドをやる=Oasis」。彼女たちがその元祖と言うべき存在です。
(The Beach BoysのWilson兄弟の方がもっと先輩だろ!…あぁ許してください泣)
80年代後半〜90年代前半、外部制作チームの楽曲を取り入れて彼らは大ブレイクし、"These Dreams", "Alone", "Never", "What About Love", "All I Want To Do Is Making Love To You"など、多くのヒット曲をリリース。2013年にはロックの殿堂入りを果たして名実ともに歴史に名を残したHeartですが、2024年現在、Annが癌検査と治療で年内の活動を停止しています。回復しますように…!
Annのヴォーカルは、Led Zeppelin(ZEP)のRobert Plantとの類似性をよく指摘されます。実際、Wilson姉妹はZEPの影響を大いに受けたそうです。
2012年、ZEPが米国の音楽名誉賞のひとつのであるKennedy Center Honorsで表彰された際、超代表曲"Stairway To Heaven"を、非常にオーソドックスかつ丁寧かつエモーショナルに、Wilson姉妹が本人たちの前で演奏しています。他にも出演者がいた中で彼女たちが"天国への階段"を演奏した意味…そのくらいHeartの存在感は大きいのです。
(ちなみにドラムスはJohn Bonhamの息子・Jason。後半の映像、Robert涙ぐんでます)
さて、今回の"Heartless"は、上の"Stairway To Heaven"から36年前=1976年発表曲。前述、レーベル側が無断でリリースした「Magazine」に収録されたもの。映像は78年に米国ワシントン州のローカル局の番組で演奏した時のものです。
前述の大喧嘩していた時期ですから、この曲もその背景を反映したような歌詞。「医者」をレーベル会社、「彼女」をバンド(Wilson姉妹)とすれば、「ふざけたことばっかりしやがってコイツら…いい加減にしてよ!」と叫んでいるように見えます。Heartが歌うHeartless、洒落が効いているようで実は怒りに満ちています…。
それを、耳障りにならない声質で思いっきりシャウトするAnn。メリハリの効いた声の強弱、堂々としたステージング、歌い回しのバリエーションも多い。当時28歳のAnn、ヴォーカルが素晴らしく巧いことが分かります。
Wilson姉妹のように、劣悪な環境を自分たちで打破し、活動を続けることでその存在感を増して成功と名誉を得たケースは、素晴らしい、よくぞ闘った、と言うのは簡単です。しかしそれ以上に無数の人たちが、打ち負かされ、絶望し、去っていったことも、想像に難くありません。だから私たちは、そこで学ばなくてはならない。
良いことばかりではないけれど、信念を曲げずに続けることの尊さと勇気。まさに、泣く子も黙れ!と言わんばかりの気迫。彼女たちの奮闘に頭が下がります。
見習わないといけないと思うのは、私だけでしょうか?
(紹介する全ての音楽およびその画像・動画の著作権・肖像権等は、各権利所有者に帰属いたします。本note掲載内容はあくまで個人の楽しむ範囲のものであって、それらの権利を侵害することを意図していません)